こうくんはお父さんと、愛犬の「たすき」と3人で、いつものように千川通り沿いを散歩していたのですが、いつのまにか霧がたちこめて、お父さんの姿が見えなくなってしまいました。こうくんとたすきは、おうちに戻ろうとしたのですが、方向がまるでわかりません。でたらめに歩いているうちに、こうくんは、不思議なことに気づきました。
「たすき、きみ、立って歩けるようになってない?」
たすきは冷静に答えました。
「うん、どうやら霧がたちこめてからというもの、ぼくの骨格がすっかり変わってしまったようなんだ」
なんと、たすきは骨格が変わり二足歩行ができるようになったほか、言葉も喋れるようになっていたのです。ふたりがさらに歩いてゆくと、やっと霧が晴れてきたのですが、周りの様子はまったくみしらぬものになっていました。
空にはくじらが泳いでいて、海にはオオタカが飛んでいました。金色の葉を茂らせた大きな木が何本も逆さまにそびえていて、そのさきには、色とりどりの装飾をあしらった、たいそう立派な宮殿がありました。
あっけにとられていると、3人の、耳のとがった小さな人がやってきて、言いました。
「国です、妖精の。あがりました、ようこそ、おむかえに」
こうくんとたすきは、3人の妖精に連れられて、宮殿に入りました。きらびやかな宝石が、壁に埋め込まれていました。壁には、黒い人影のような模様もありました。それはなにか?と聞いても、妖精たちは答えませんでした。
宮殿の、ひときわ豪奢な部屋で、こうくんとたすきは、王に謁見しました。王は柔和な笑顔がすてきな妖精でした。
「ようこそ、こうくん、たすきさん、どうぞ、おきらくに。ここでは、寛いで、なんでも、遊ぶことありますよ」
その日はふかふかのベッドで休み、翌日からこうくんとたすきは、妖精の国でたくさん遊びました。シャボン玉のなかに入って海を散歩したり、緑と赤の大キノコをくり抜いてつくった滑り台をすべったり、ロケットで火星まで出かけたりと、それは大忙しです。こうくんは、宝石をとかして作った絵の具で、雷の絵をかきました。それは妖精の国ではたいそうな評判になり、国家美術館に飾られることとなりました。たすきはサッカー選手になって、4度のハットトリックを決めました。
こうくんとたすきが、妖精の国にやってきて、7年が経ったときのことです。ふたりはお父さんのことを思い出しました。王のところへ行って、伝えました。
「そろそろお家に帰りたいのです」
王は、少し悲しそうな様子でしたが、やがて口を開きました。
「ずっとこの国にいてもらいたかったのですが、ふたりには、仕方ありませんね。しかし、約束をしていただかないと、妖精の国から出るには、ひとつ」
「それは、どういったことですか?」
「ひとつずつ、おいていってください。おふたりの大好きなものを、この妖精の国に」
こうくんは、電車が大好きでした。たすきは、ゴムボールが大好きでした。ふたりは同時にいいました。
「それは、ちょっとこまるかな、と思います」
「どちらですか。こまるかな、と思う、とは、帰りたくない、のか、帰りたい、のか、答えて下さい、明瞭に」
こうくんと、たすきは、困ってしまいましたが、どうしてもおうちに帰りたいので、しぶしぶ王の言ったことを承諾しました。すると、はじめて妖精の国をおとずれたときにふたりを迎えた3人の妖精がやってきて、国の外まで案内するということになりました。
宮殿を出るときに、妖精のひとりが、教えてくれたことがあります。
「模様は、壁の黒い模様は、死んでしまった子どもたちです。妖精の国を出ずに、この国で年老いました。大好きなものを捨てなかった、彼らは」
霧が立ち込め、やがてなにもみえなくなりました。たすきが言いました。
「なんだか、また骨格が変わってきたみたい。もう喋れなくなると思うから、言っておくよ。やっぱりおうちに帰ることにして、よかったね、こうくん」
「そうだね」
ふたりが気づくと、そこは懐かしい、千川通りの道でした。遠くから、お父さんが駆け寄ってきました。妖精の国では7年も経っていたはずですが、こちらの世界では、少ししか時が経っていないようでした。
「どこいってたんだ、ふたりとも。探したよ」
こうくんと、たすきは、その日はなつかしい、おうちでぐっすりと眠りました。それから、不思議なことがありました。こうくんは、あれだけ大好きだった電車のことに、すっかり興味を失ってしまい、こんどは飛行機を好きになりはじめました。たすきは、ゴムボールをどこかになくしてしまって、いまはロープをかじって、遊んでいます。
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