足元に虫がいる。どうやら水たまりで溺れているらしい。
手を差し伸べるが、水に手をいれると小さな虫は揺れる水面に沈んだ。
「何、ぼーっとしてるの?」
今朝のことを思い出していたら、君に邪魔された。
「朝のこと考えてた」
「……もう昼休憩中なんだけど、ずいぶん余裕ね」
「余裕なんてないけど」
生きるのに精いっぱいだ。今も空腹と戦いながら忘れたお弁当のことを忘却の彼方へ押しやっている。
「5限は数学の小テストじゃん。合格点以下は宿題出るやつ」
「宿題をする覚悟を決めているから問題ない」
希望がある人だけが迷えばよい、その点僕等は選択肢がない分晴れやかな気持ちでいられる。
三つ前の席の森本君を見て欲しい、彼はすでに宿題として出されるであろう教科書の問題をノートに書き解きにかかっている。
それほどの先見の明があれば小テストの範囲を勉強すればよいと考えるのは凡夫の発送である。
送られた凡夫はせっせと勉強を頑張って欲しい。
森本君は出される宿題が解けないことも織り込み済みで、頑張ったけどできませんでしたと、明日先生に言うための口実を今作っているのだ。
「アホはかくあるべきだな」
「何、悟りを開いてんのよ。今からでもやるわよ」
ここで断ればよいのに、そうすることができないのは、なぜなのか。
結局僕は彼女に強制されるがままに教科書を開き、いくつかの公式を皺のない頭に刻んだのだった。
一人の帰り道、行きがけに見た水たまりは蒸発して無くなっていた。
朝、虫を掬おうとして逆に沈めてしまった直後。
「何してんの?」
そう言って水たまりに踏み込んだ君によって、水と一緒に路に飛ばされた虫は九死に一生を得たと逃げて行った。
そして僕は屈んでいたので水を被った。
結果虫は助かった。
翌日、小テストはギリギリダメだった。君は僕の背中を叩きながらカラカラと笑い。
宿題を手伝ってくれた。
うまくいかないものだ。
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