君はペット(オマージュ)

  • 超短編 2,648文字
  • 恋愛

  • 著者: きゅう
  • 私は明美。今月から本社勤務と栄転になった身だ。
    給料も上がったし、そろそろペットでも飼って寂しい一人暮らしに潤いがほしいと思っている。そんな時に、出会いは突然やってきた。
    「お姉さん、僕のこと買わない?」
    初めはなんだと思った。帰宅中に話しかけられ、新手のナンパかと思った。しかし、セリフの主は、本気の顔で、しかもちょっと、いや大分可愛かった。そんなわけでつい
    「いいよ」
    と了承してしまった。そうして、私はかわいい少年をペットとして飼うことになった。


    彼との生活は普通。朝出勤し、帰宅後にご飯を作ってあげる。お風呂も入れてあげる。寝るのも一緒。彼が人間である以外は、愛玩動物を飼っているようなものだった。
    しばらく彼を飼ってから、いいことが立て続けに起きた。
    まず彼氏ができた。隣の部署の彼は仕事終わりに良くディナーに行くことになった。仕事もプレゼンを任されるほどになった。課長は言う。「期待してる。」
    幸せだった。彼氏ができた。仕事も順調。残業はあるけどやりがいで満たされている。家に帰ればペットがいてさみしくない。キャリアウーマンしてる感じが心地よかった。できる女でいる気がして心が高揚していた、、、はずだったのだ。
    駅前でティッシュをもらう。添い寝カフェと書いてあった。物好きもいるなぁと思いつつ、自分だってヒトと同棲していることを思い出した。
    「ただいま。」
    「おかえりなさい。遅かったね。0時回ってる。最近ご飯準備してくれなくてさみしいな。」
    「ごめんね。忙しくて。でも、自分で準備できるでしょ?食材買ってなかった?」
    「ないよ、昨日作ったので全部。」
    「嘘、ごめん。私食べてきたしすっかり忘れてた。」
    「・・・・そろそろいうつもりだったけど、最近僕のことほったらかしだよね。ネグレクト?」
    「ネグレクトって。だってあなた自分のことは自分でできるじゃない。」
    「でもペットだよ。かまってくれなきゃ。お世話してくれなきゃ。」
    「怒ってるの?ごめん、ごめん。仕事に恋人に色々考えてたら今回は後回しになっちゃっただけよ。次は気を付ける。」
    「あのさ、僕が自分で餌を準備できない動物だったらどうするつもりだった?今頃餓死しててもおかしくないよ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    あんたにペットを飼う資格はない。」


    彼は出ていった。私はさみしさより憤りがした。なぜ彼は出ていったの。ほんの少しほったらかしただけじゃない。しばらくして冷静になる。『僕が動物だったどうするつもりだった?』そうなのだ。私は彼がヒトであることに甘えていたのだ。ペットであるという前提を忘れて同棲感覚でいたのだ。認めた途端、彼がいなくなった事実にさみしさを感じた。「うそでしょ、ねぇごめんってば。次はちゃんとするから戻ってきて。」後の祭りだった。今までのキャリアウーマン気分はどこへ行ったのか、少女のように泣き崩れた。そして、かばんからはみ出たティッシュを取り出す。出張添い寝カフェ、この文字が目に入った次の瞬間から記載された電話番号にかけていた。
    「はい、こちら添い寝カフェでございます。」
    「新規ですが、いいですか?」
    「いいですよ、出張サービスをご利用ですか?」
    「はい、若い男性でお願いします・・・・・」


    やってきたのはkeiという美少年だった。
    「お姉さん泣いてるの?つらい過去は忘れて今はゆっくり眠りな。眠るまでずっとそばにいてあげる。」
    優しい言葉に引き寄せられて思わずベッドへいき、心地よく抱きしめられて緊張がほぐれたのか眠ってしまった。
    朝、keiに報酬を渡して別れた。Keiは心理学部の大学生で心の癒しをテーマに研究しているという。添い寝カフェで働くのはその研究の一環だと。そんなことを上の空で聞きながら、会社へ出社した。しかしプレゼン資料の作成が進まなかった。目に見えて落ち込んでいたのか課長がランチへと誘ってくれた。ランチの帰り、やわらかクッションというおおきなクッションが店頭に並んでいた。「落ち込んだ時はこういうのを触るといいぞ。」と言ってもみもみわしゃわしゃとクッションを触る課長に、思わず吹き出してしまい「そうですね。」と言って同じく触ってみた。少し元気が出た私は添い寝カフェへ行き、keiにお礼を述べようとした。しかし、keiは出張限定らしく、会えなかった。仕方なく帰宅すると、おかえりなさいがない部屋にまたさみしさを募らせた。

    さみしいさみしいさみしいさみしいさみしいさみしいさみしいさみしいさみしいさみしい

    気づいていたら、カフェに連絡していた。
    「keiでお願いします。」
    それから毎晩keiを頼って眠った。彼氏には男の影を感じられて振られてしまった。よけいにkeiに依存した。
    keiはこの時、「あなたの依存を癒しに変えるにはどうすべきか考えてる。」という。私は一言「今夜もそばにいて。」と言うしかなかった。


    ある日、彼(ペット)を見かけた。思わず後をつけるととある養護施設にたどり着いた。彼は施設の人に封筒を渡し、帰っていった。私は施設の人に彼のことを尋ねると、「あなたが彼がお世話になった明美さん?」と聞かれた。「はい。」と答えると、
    「ありがとうね、彼が居候している人の話をしてくれたの。彼の母親はネグレクトでね、一時保護してからの付き合いなの。毎月寄付をしてくれて助かっているのよ。」
    衝撃だった。彼がなぜあんなにほったらかしにしたことを怒ったのかやっと理解した。
    家に帰り、彼に対して何をしたらいいのか考えた。考えていたら、その夜はkeiを呼ばなかった。


    課長の助けもあってプレゼンは何とか成功した。課長にもよくやったと褒められた。久しぶりに気分が高揚して帰宅し、彼に対してどうするのか決めた。
    翌日、彼のペットとしての期間分の食事代や生活費を含めて施設に寄付をした。施設の人には「ありがとう。あなたは素敵な女性ね」と誉められた。その言葉が胸に響き、とても嬉しかった。さらにkeiにこの経緯を話し、引っ越しをするからもう頼らないことを直接告げた。そして数週間後、引っ越しの前日、彼(ペット)が家を訪ねてきた。
    「もう大丈夫そうだね。お姉さん、またペット飼う気ない?」
    そういって彼は静かに私にキスを落とした。


    Side kei
    ヒトの癒しについて、それは都合のいい言葉を並べることでも抱きしめられることでも、ペットを飼うことでもない、自分の力で何か役に立つことなのかもしれない。
    「kei、卒業論文書いた?」
    「今終わったよ。」






    【投稿者: きゅう】

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