「今日からこのクラスの担任になった田中です。なんだか急にこの仕事が決まって、正直、戸惑いもありましたが、全力で頑張りますので、みなさん、宜しくお願いします」
「ようこそ私立K学園へ。学級委員長の吉田です。田中先生のような若くて爽やかな先生に担任の先生になって頂けて嬉しいです。こちらこそ宜しくお願い致します」
あるフードコートにて。
「なぁ、田中。せっかく決まったK学園の仕事辞めちまったんだって?」
「辞めたよ。K学園1年B組。奴ら全員、毎日俺に会うたびに言うんだ。『ようこそ私立K学園へ』って。つまり、いつまでたってもお前は他所者だってことらしい。調べたらあのクラスの担任はそんな調子でずっと次々辞めているらしい。辞めて正解だよ」
そのとき、彼らの後ろの席の男が荒っぽく席を立ったが、もちろん彼らは気にも留めなかった。
「ようこそ私立K学園へ。学級委員長の吉田です。先生のような経験豊富な先生に担任の先生になって頂けて嬉しいです。宜しくお願い致します」
「いや、俺は教師の経験はない。と言っても免許はあるから心配するな」
「はぁ? あ、いや、先生、先生のお名前は?」
「教えてやらん」
「えぇっ? あ、いや、先生、連絡事項をお願いします」
「隣の鈴木先生の声が馬鹿デカいからそれを聞いとけ、以上」
その名前も分からない男はそう言うと教室を出て行った。
翌日の朝。
「ようこそ私立K学園へ……」
昨日の男が教室のドアを開けたが、何故か入って来ない。
「なんだ? 続けんのか? 委員長?」
「先生こそ教室に入って来ないんですか?」
「昨日と同じ、以上」
男は教室のドアを閉めて去って行った。
さらに翌日の朝。
1年B組に最初に登校して来たのは、たまたま学級委員長の吉田だった。
吉田は黒板に書いてある馬鹿デカい文字が、なかなか現実のものだと信じられなかった。
そこには、こう書いてあった。
「やっとけ」
さらに翌日の朝。
生徒たちの予想に反して男は教室に入って来た。
学級委員長の吉田の顔は真っ赤だった。
「なんなんだ! あんた!」
男の口から出て来たのは、それに対する答えではなかった。
「確かにこのクラスの担任は誰一人として一カ月続けた者は居ない。しかし、一人だけ『ようこそ』と言われたのではなく、君たちを『ようこそ』と迎えた者が居た。君たちを新入生として迎えた最初の1年B組の担任だ」
男は生徒たちの机の間を歩き始めた。生徒たちは、ただ黙ってそれを目で追った。
「確かにお前らが考えている通り、奴は排除されてここを出て行った。だが、奴は勘がいいから、ここを去る前にお前らに言ったよな? 『誰も排除するな。次に来る担任を歓迎しろ』と」
教室の後ろの壁に辿り着いた男は振り返った。生徒たちは男から目が離せなかった。
「しかし、お前らは姑息な手段を考えた。歓迎の言葉で拒み、歓迎の言葉で排除しようと」
男は天を仰いだ。
「思い出せ、奴がどんな奴だったか。過去なんかに縛られて動けなくなるようなタマか? 奴は今この時も前だけを見ているぞ。お前ら、いつまで後ろ見てんだよ?」
男は教壇に立ち、生徒たちを見回した。
「とりあえず、『ようこそ』は止まったな」
コメント一覧
この作品は勢いを感じましたが、なかなかコメントが書きづらいのです。しいて書くならこの教師の執念を感じました。
自分たちの価値観と生きてきた経験が打ち破られる瞬間。
万能感に水を差す人、そのために、この先生は綿密な計画を立てたんだろうな、と思います。
迫力のある作品でした。
howameさん、なかまくらさん、コメントありがとうございます。
これを書く前は、先生の話、学校の話、などを書くのに抵抗があったのですが、この話の続きを書きたい自分に驚いています。
この男と最初の担任は親友なんですが、ただでさえ、最初の担任はちゃんとした教員で男はズブの素人。
また、熱狂的支持を受けていた最初の担任に比べられる。
そして、そもそも男の芯にあるものは教師たちがいうところの“教育”ではない。
色々起こりそうな気がして、色々起こしてみたい気がします。
面白かったです。「ようこそ」という言葉で新任の先生を追い払う生徒たちの間に、
「歓迎を拒否する」形で侵入していく。なんという逆説。
ちょこっと続編 『おはよう』が止まらない
その翌日、実は金曜日なんだが、学級委員長吉田の胸中は穏やかでなかった。
さらにいうと、腹の方は腸が煮えくりかえっていた。
昨日、家に帰ってから、じわじわと怒りがこみ上げて来て、夕べは一睡も出来なかった。
あの男に仕返しがしたい。
どうせ眠れないし、朝一に登校して仕返しの方法を相談しよう。
そう考えて、吉田は早朝の教室のドアを開けた。
その瞬間、
「おはよう!」
百獣の王ライオンの咆吼もかくや、と言う迫力の挨拶が吉田を唐突に襲った。
吉田はイメージ内で軽く10メートルは後ろに吹っ飛ばされたが、当然実際には全く動いていない。
挨拶の主は当然、教壇のパイプイスに座るあの男だ。
「お、おはようございます、先生」
流れ上、仕方なく、吉田は挨拶を返した。
吉田が教室に入ると男は、
「教室のドア閉めとけ」
と言った。吉田が、
「何でですか? 別に寒くな……」
と言いかけるのを、
「その方が面白れぇからに決まってんだろ!」
と男が遮る。
吉田は心が痛んだが、教室のドアを閉めた。
この「朝の挨拶運動」はなかなかの効果を発し、1年B組はとりあえず表面上は穏やかに週末を迎えた。