「えー、すでに開演の時刻を過ぎてしまいましたが、まだ、芸人さんが1組も到着していないという未曾有の状況に直面している訳ですが、こんな時こそ、司会者である私、でんでろの力量が問われるというものでございます。
ただいま、当劇場を立ち上げた仲まくらが、妻の楊枝(ヤンスー)を連れ戻しに中国に旅立っている最中でして、残った我々スタッフ一同でこの難局を見事乗り越える所存でございますので、今しばらくお待ち下さい。
あっ、何か新しい情報でしょうか? 見て参ります」
憔悴しきったでんでろが舞台袖に引っ込んで来る。
「すいません。様子を見に来ただけで、新しい情報はありません」
申し訳なさそうに、事務員の琴玻が言った。
「琴玻ちゃんが気にすることねぇよ。テメェもでけぇ口たたいといてチョコチョコ引っ込んで来るんじゃねぇ」
照明の陽日灯は容赦がない。
「陽日灯さんって、照明になるために生まれたような名前ですね」
でんでろが言う。
「おぅよ! これ以上のキラキラネームがあったら持って来いってんだ!」
陽日灯が答える。何万回となく繰り返されたやり取りだ。
「私もなかなかなんですけど、勝てる気がしません」
音響の伝宣がブツブツ言う。
「テメェは、その前にキャリア積め!」
陽日灯の愛の鞭が飛ぶ。
「ねぇ、でんでろさん。芸をやる気はないの?」
琴玻が聞く。
「俺は芸人の夢は捨てたんだ。司会に専念すると決めた時、視界がパァーッと開けて……」
「……諦め切れてると思う?」
琴玻が小声で陽日灯に聞いた。
「未練たらたらだな……」
陽日灯が答えた。
「迦仁王さん、到着です!」
伝宣の声が響いた。
一瞬色めき立った一同だが、すぐに我に帰る。来たと言ってもピン芸人1人。それで、どうなる?
「何、葬式みてぇな顔してんだよ? 忘れたのか? 伝説のボツ動画『迦仁でろんズの2人27時間テレビ』? まさか逃げねぇよな? でんでろ3さんヨォ?」
迦仁王の中指が真っ直ぐでんでろの背中を指している。
「相変わらず下品だな。指が間違ってるぜ?」
背中を向けたままでんでろが言った。
「しゃあねぇ、最高の光をあててやるぜ!」
陽日灯がペロキャンを口に咥えた。
「仕方がないので本気を出します」
伝宣が長い髪を後ろで束ねた。
「じゃあ、これで、お客さんが来れば始められますね?」
琴玻がメガネをクイッと持ち上げながら言った。
琴玻以外の全員が同時に琴玻を振り返り、同時に言った。
「それを言っちゃあ、お終ぇヨォ!」
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