ホワイトデー

  • 超短編 2,302文字
  • 恋愛

  • 著者: 3: 寄り道
  •  さて、今日3月14日がなんの日だか、みなさん分るだろうか。

    そう『ホワイトデー』だ。

    バレンタインの日に、女性からチョコをもらった男性がそのお返しとして、何かをする日。
     チョコのお返しはチョコ、という人もいれば、レストランを予約したり、ホテルを予約したりと、チョコよりも甘いお返しをする人もいるだろう。
    
 そんな甘すぎて歯に沁みそうなお返しを、リア充が色んな意味で“やっている”中、ここにも一人、甘酸っぱいお返しを模索する男の子がいた。

     先月の2月14日。部活が終わり家に帰ると、玄関の前で幼馴染の村井ひろ子が倉木健太のことを待っていた。
    
 昔はよく遊んだが、今は周りの友達にからかわれるのを恐れ、遊ばなくなった。
    
 たまにスーパーで見かけるも無視され、何か嫌われることでもしたのか心配になったりもした。
    
 そんな村井ひろ子から、チョコをもらった。
    
 少し言い合いにはなったが、村井ひろ子の前でチョコを食べ、口の中が幸せで充満した。
    
 別れの言葉を言って、玄関の前で村井ひろ子の背中を見続けていた。見えなくなったら、家に入ろう、そう決めた瞬間、村井ひろ子が振り返り、目が合った。
    
 すると「じゃあね!」と手を振ったので、倉木健太もそれに応じた。
    
 その瞬間から、とある1つのことを先日まで倉木健太を悩ませていた。
    
 お返しは何がいいのだろう?

     リビングにある、家族兼用のパソコンを起動させる。

     母はキッチンで料理の支度中だったため、調べるのなら今しかなかった。

     ネットを開き『ホワイトデー』と検索した。
    
 出てくるのは、アクセサリーやブランド物のファッションとか、中学生のお小遣いでは手が出せないものばかり。
    
 食べ物はどうか調べてみると、好意のある人にはキャンディー。友達として好きな人にはクッキー。嫌いな相手にはマシュマロ。と、色々書かれてあり、これといって渡したいものが決まらなかった。

     キャンディーは、沢山あげても食べるのに時間がかかる。
    
 クッキーは、1枚だと寂しいし、箱ごと渡すと、村井ひろ子個人に渡した感がなくなり、最終的には家族みんなで食べることが予想される。

     マシュマロの意味を知ってはいないと思うが、もし知っていたらと思うと、渡せない。
    
 そうやって悩んでいると「ご飯できたよう!」とリビングに料理を運んでくる母。急いでネットを閉じようと、右上のバツ印を押し、母が好きな絵画が表示されたデスクトップが映し出され、これだと確信する。

    「何見てたの?」と訊いてくる母に「YouTube」と答え「運ぶの手伝うよ」と付け加えた。
    
「ケンが手伝いするなんて、珍しい」

     料理が揃う頃に父も帰って来て、母が部屋にいる妹を呼びに行き、4人でテーブルを囲み、夕食にする。
    
 2月の最終日にお小遣いをもらい、母親のいない隙に、ネットでチケットを予約する。
    
 そして3月14日。
    
 部活が終わり、いつもだと友達とだらだらと喋りながら帰る倉木健太であったが、今日は「家の用事あるから」と嘘を吐き、走って帰る。鞄の中にはチケットが入っていた。
    
 村井ひろ子の家を通り、カーテン越しではあったが部屋の明かりが点いていることを確認し、少し落ち込む。
    
 早く帰ったのも、村井ひろ子が帰って来るのを待つことであったため、家にいると呼び出しづらい。
    
 家には当然のことながら、親はいるであろう。けど、インターホンを押して親に呼んでもらうのは、なんか恥ずかしい。たぶんこの羞恥心は、昔一緒に遊んでいたころにはなかった感情だろう。
    
 だから、近くに転がっていた小さい石を手に取り、部屋の窓に向かって軽く投げる。

     3回目でカーテンが開き、倉木健太のことを確認すると、窓が開き「何?」と訊かれ「ちょっと降りて来いよ」と手招きする。
    
 玄関のドアが開き、村井ひろ子が現れる。

     現れる早々「窓割れたらどうすんの?」と怒ってくるため「呼ぶために仕方ないじゃん」と答える。

    「インターホンを押して呼べば済む話でしょう」

    「親出るじゃん」
    
「幼馴染なんだから、別に恥ずかしがることないのに」
    
「うるせぇな」

    「それでなんで私を呼んだの?」
    
 いよいよ本題に入った。

     背負っていた鞄から、長方形の紙袋を取り出し「これやるよ」と、恥じらいを隠すために、ぶっきらぼうに渡した。

    「何これ?」そう言うと、村井ひろ子は袋を開け中身を見る。「水族館のチケット?」

     倉木健太が見たデスクトップの絵画は、母の好きなラッセンの絵画で、イルカが海から跳ね上がっている絵画だった。それを見た瞬間、水族館が浮かんだ。
    
「バレンタインのお返し」
    
「ああ、そういうこと。ありがとう。でもどうして2枚」

    「友達と行けよ。中学生が1人で行けないだろう」

    「分かった。友達と行ってくる」
    
「じゃあ、ちゃんと返したからな」
    
 本当の気持ちを殺し、倉木健太は走ってその場を去った。
    
 次の日、倉木健太が家を出ると、玄関の前で村井ひろ子がぽつねんと立っていた。
    
「どうした、こんなところで」
    
「ケンが出て来るの待ってた」
    
「いなかったらどうすんだよ。ずっと待ってるのか?遅刻するぞ」

    「部屋にいるの見えたから」

    「ストーカーかよ」と少し笑い「それで何?」と訊ねる。
    
「昨日、あれから誰と水族館行こうか考えたんだけど、やっぱり・・・」村井ひろ子がポケットから1枚の長方形の紙を取り出す。昨日渡した水族館のチケットだ。
    「ケンと一緒に行きたい、と思って。久々に、今度の土曜日、遊ぼう?」
 倉木健太は嬉しい気持ちを押し殺し「おう!」と、そっけなく答え、久しぶりに一緒に登校した。

    まだ風は冷たいが、2人の空間だけは、ほんの少し、温かかった。

    【投稿者: 3: 寄り道】

    一覧に戻る

    コメント一覧 

    1. 1.

      なかまくら

      いやー、ニヤニヤしました。
      青春の甘酸っぱい感じが良く描かれていたと思います。
      健太君が水族館のチケットに思い当たる偶然、そのプレゼントのセンスが自然な流れですんなり入っていけた感じがしました。


    2. 2.

      なかまくら

      あ、文字化けに気をつけた方がいいと思います。
      全然表示できていない文字があります。別の端末で確認を。