とある学者がひとつの学説を提唱した。
「人間は誰しも自分の今を良いものだと思っていない。もし生きる世界を変えて良いとなれば、躊躇いも無く違う世界を求めるだろう」
簡潔に言い換えると、隣の芝は青く見える、ということらしい。
自分の人生が最高だと思っている人間などおらず、むしろ自分が一番大変で、自分の生きられる世界の中で今が最低で過酷なものだと無意識下に思っているというものである。
さすがに極端な話だと批判は出たが、一方で一理あるという声もあがり、哲学界や社会心理学界では大きな議論が巻き起こった。
哲学者オイ・トッピングもこの学説に大変な興味を持ち、その生涯のほとんどを研究に費やした。そして晩年、後にこの学説の議論において常に名があがることになる思考実験、「トッピングの箱庭」は行われたのである。
トッピングは友人である催眠術師アリマスカルに協力を仰ぎ、世界中で集めた被験者に催眠術をかけた。
夢を見ているような感覚にして、被験者から素直なデータが取れるようにしたのだ。
その状態の被験者を、2つの出口がある部屋に入れる。
その出口には今の世界、別の世界とそれぞれ書かれており、実験者は被験者にこう質問するのだ。
「別の世界の扉を開けば、今あなたが過ごしている世界とは別の、あなたの好きな世界に行くことができます。ただし、元の世界に戻るのは今の世界の扉からでなければいけません。
さあ、どちらの扉を開けますか?」
被験者たちはトッピングがしていた予想の通り、別の世界の扉を次々とくぐった。
老いが無い世界、宇宙に自由に行ける世界、自分が金持ちの世界。とにかく違う世界を求めて。
彼の手記には、そのときの様子は実験としてはあまり楽しいものではないと語られていた。
予想通り過ぎたのである。当然だ。今より良い世界に行けるのならば、今よりもっと幸せになれるならば、人はそちらに行くだろう。
しかし、最後の被験者である少年は違った。
「もとの世界はこっちですか?」
純粋な瞳で少年は実験者にそう問いた。
「そうだが、君は別の世界に行きたくないのかね?」
実験者はトッピングに念のために指示されていた通りの質問を投げた。
「どんな世界かは気になるけど、もしかしたらパパとママと、僕のクワガタがいない世界かも知れないから。
もしそんな世界だったらイヤだ。
それに、そろそろクワガタにエサをあげないと」
彼のひと言は、トッピング博士に自らの説を覆させた有名なセリフである。
「トッピングの箱庭」と必ず並べて挙げられるそれは、後に「クワガタの扉」と称され、語り継がれている。
コメント一覧
砂犬ですこんばんは。
読み終えた時、思わず「クールだ」とつぶやいてしまいました。
少年は、今手にしているもの
(両親の)優しさと(クワガタの)美しさをよく知っていたからこそ
元の世界を選んだんでしょうね。彼が老いて、どう選択するかも知りたいものです。
予想 純粋な少年の行動、ミチャ寺さんのような気がしました。
う〜〜む
ヒヒヒさんか爪楊枝さんか悩む …
いい話。うまい。
よくわからないが茶屋さんではないかと思うのですが、私の勘はあてにならない。
スズメノテツパウです。
何か欲しいものに手を伸ばしているときは夢中で、その後ろでいろいろなものが崩れてしまっていることに気づけない。
少年はそれに気づく聡さを持っていたのですね。
作者さんは、茶屋さんでしょうね。
これはもう、あのお方だ。
「あともう少しですねアメジスです」
「解説のガーネです」
「それではガーネさん解説をお願いします」
「モシモボックスがあるならどうしますか?と聞かれれば望む世界に行くでしょう。しかしそれは今までの世界から離れることになります。そんな思考実験のお話です。必要なものはすでにあなたの中にあると気づかせてくれた少年に感謝をしたいですね。さて作者ですが、思考実験と題にあり、このタイトルから真っ先に思い浮かぶのはヒヒヒさん読んでみて思うのは茶屋さん、そして爪楊枝さんの影が浮かびます。しかし、文章どこかで見たことありませんか?そう茶屋さん作品でまず間違いない、あなたの好きな世界にクワガタのトッピングをとそっくりなのです。同じ時期に書いた作品でしょうから文体が似てしまったのでしょう。これは茶屋さんの作品だと思います」
「おっと久しぶりに自信がある予想のようですそれでは皆さん次のお話でお会いしましょう」