<家>
腰の曲がった爺ちゃんが、ぶつくさ言いながら襖を開けて、入ってきた。
「おーい、飯くれ! 飯!」
「あなたには、食物摂取は必要ありません」
「なんじゃ、若僧が難しい言葉で酷いことを言いおって!」
「事実を述べたのですが……」
「それなら、『テメェに喰わせる飯はねぇ!』とか言われた方がマシじゃ!」
「ところで、その卓袱台の上のものは、何ですか?」
「おぉっ! なんじゃ! 飯はあったのか!」
「怒りますよ」
<老人ホーム>
爺ちゃんは今日も機嫌が悪い。
「まったく、ワシをこんなところに追い出しおって!」
「仕方ないでしょう? 家を維持できなくなってしまったんですから」
「もう……、ワシは家には帰れんのか?」
珍しく少し寂しそうだった。
「少しは家のことを思い出せそうなんですか?」
「何日帰ってないと思っとるんじゃ! 思い出すどころか、忘れる一方じゃ! あー、こんな殺風景な部屋じゃなくて、家に帰りたい!」
<病室>
爺ちゃんは、ベッドで寝ていた。もう、ずっと前から。
「この部屋はつまらん。老人ホームの方が、まだマシじゃ! 医療機器以外は、ただ真っ白で!」
「そんなのその気になれば、どうにでもなるでしょう?」
「なるかっ? 寝たきり老人に何が出来る?」
「その気になれば、100m9秒台も夢じゃないでしょう?」
「無茶言うな! あー、つまらん!」
<白い霞>
ただただ、広がる白い靄。
「なんじゃあ? ここは?」
爺ちゃんは、ちょっと不安げだった。
「とうとう、まともなものをイメージ出来ないほど、ボケてしまいましたか」
「どういうことじゃ?」
「あなたは、この世界の創造主なんですよ」
「そんな馬鹿な」
「いいえ、本当に創造主です。しかし、ボケてしまわれた」
「じゃあ、お前は何じゃ?」
「私は、あなたが、最後の力を振り絞って書いた、あなたが創造主であることを証明するメモのようなものです」
「ワシは死ぬのか?」
「『消える』と言うべきかと思います」
「誰か、助けてくれんのか?」
「この世界には、あなたの作ったものしかありません」
創造主は、しばし考えた。
「そうだ! 何でも思い通りになるなら、私の寿命だって……」
「それなんですが、ボケてしまわれる前のあなたの言葉です」
「なんじゃ?」
「『この世界に、私以外のものが作ったかも知れないものが、1つだけあった。……私自身だ』」
「……私は消えるとしよう」
無数にある世界の1つが消えた。
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