ガラム民族同士の内乱は10余年つづいた。第三王子であったタイゼンは、兄たちに暗殺されることを恐れ、わずかな手勢を率いて自国を逃れた。脱出のさいに連れていくことのできた肉親は、長子であるポロムのみで、正妻のシン姫やその他の子どもたちは逃げ遅れ、殺された。タイゼンは妻たちを助けられなかったことを生涯悔いることとなる。
西のイサン地方へと逃れたタイゼンと、彼に鍛えられた屈強な騎馬弓兵たちは、瞬く間にかの地を平定し、自身の国、新ガラム国を建国した。そして神代の王の名であるクワカ・ホロウを称したのだった。タイゼンが名前を拝借したクワカ・ホロウについては、このような言い伝えがある。彼は干ばつに苦しむ民のため、天上に赴いて「雨の獣」に雨乞いを行った。獣は言った。
「私の前足をやろう」
クワカ・ホロウが雨の獣の前足を切り落とすと、そこから流れ出た血が大地に降り注ぎ、豊かな実りをもたらしたのだという。クワカ・ホロウに成り代わったタイゼンは、王宮の前にイサンの民衆を集め、告げた。
「私はこの地にに雨と豊穣をもたらすために遣わされた神の末裔である」
そして、側近たちが仰々しく運んできた樫の箱から「雨の脚」を取り出し、天高く掲げるのだった。瞬く間に空は黒雲に包まれ、やがて豪雨が降り注いだ。この雨はひと月ほど続いたという。民はクワカ・ホロウの神業を畏怖した。
クワカ・ホロウがやってくる以前、イサン地方のもともとの支配階級であった「呪術衆」と呼ばれる集団のうち、抵抗した多くのものは、縄で牛につながれ、市中を引き回されたり、民衆の前で偃月刀で四肢を切り刻まれたりして殺された。従属したものは宦官となり、性器を切断されたうえで内政に携わった。ごく僅かな呪術衆たちがイサン地方を逃れて、どこかに消え去った。
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