布団

  • 超短編 545文字
  • 日常

  • 著者: 鰯崎 友
  • 以前、ブラック業界で働いていたことがある。最もひどいときには1日の労働時間、という概念が無かった。24時間、仮眠と食事、トイレ以外はすべて仕事、という生活を送っていたのだ。仕事場の床か移動中のタクシーの中で、ジャンパーにくるまって30分とか、1時間といった細切れの睡眠を取る。1日につき3時間眠ることができればラッキーなほうだ。10日ほど風呂に入らず、服も着替えなかったら、体が生ごみのような匂いを放つようになった。意識は常に朦朧としていて、人の話が頭に入ってこず、何度も同じことを聞き返す。上司に馬鹿扱いされて殴られた。作業の能率が低下し、普通の状態であれば楽々できていたことにもいちいち時間がかかる。ノルマが達成できなくなり、積み残した業務を翌日にやることになる。負債が日に日に、雪だるま式に増えていく。体の疲労ももちろんだが、精神面の衰弱が甚だしく、視野が狭窄して誰かに相談をしようとか、助けを求めようとかいう発想すら浮かんでこない。結局労務不能となり、社長に辞意を伝えて家に帰ったのだった。地を這うようにしてマンションに戻り、汗や垢でどろどろの体を、埃まみれの布団に潜り込ませたときの気分を鮮明に覚えている。解放と喪失。あと、布団というのは人間が生み出した偉大な発明だと心底思った。

    【投稿者: 鰯崎 友】

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    コメント一覧 

    1. 1.

      けにお21

      ストレートな作品。

      安らぎを手に入れておめでとう。なのかな? って考えさせられました。

      生きるためには収入が必要ですし、かと言ってこんなブラック企業に勤めるのも体がもたないし、どうしたら良いのか?

      解決方法は分からないですが、主人公は体を壊す前に辞めれて、今回はひとまずおめでとうだったと思います。

      目線を変えて企業の立場で考えてみます。

      社員に過重労働を強いる企業って、社員の作業効率は落ちるし、ミスも増えるだろうし、精度やスピード面からもマイナスな結果にしかならないと思います。

      労使ともにマイナスであれば、ブラック企業は存在自体が悪ですね。

      まあ、企業は、社員には多く働いてもらいたい・安い給料しか払いたくないでしょうし。
      一方、社員は、楽に仕事をしたい・多くの給料をもらいたいでしょうし。
      実は、お互いに望むものが、方向が相反している。
      しかしながら、そのバランスが、どちらかに大きく傾いている企業は、ちょっとまずい状況だと思えます。もっとも、後者の状況はまずありえないと思われますが。


    2. 2.

      鰯崎 友

      けにお21さん、コメントありがとうございます。企業VS 労働者という単純な図式だけでなく、労働者自らがやりがいを求めて健康や賃金やプライベートを放棄する、というような、いわゆる社畜状態というのもありますので問題は複雑ですよね。ぼくも仕事の達成感が忘れられなくて、ワーカーホリックに陥っていました。反動で心体がボロボロになり、後悔しました。


    3. 3.

      howame

      なんか、身につまされます。娘や息子もけっこうブラック的な会社で働いていた(あるいは働いている)ような気がして。
      娘も自分のアパートの布団はしめっている、なんて言ってましたし。


    4. 4.

      鰯崎 友

      howameさん、コメントありがとうございます。身の回りにこんな境遇の方がいるのであれば、あまり無理しないようにと伝えるのがよいかと思います。ぼくも、作品で書いた仕事を辞めたのち、少し休養を要しましたので。


    5. 5.

      なかまくら

      固い筆致で書かれた雰囲気が作品によく合っていますね。
      一息に読めて息付くひまがない感じで、布団に入ったときの安心感を一緒に味わえました。


    6. 6.

      鉄工所

      布団で足を伸ばせる余力も無かった気持ちします…当時
      3日ぐらい寝ないとかえって寝れなくなるのですよね。

      初めまして
      少々過去を思い出しました…
      皮肉にも不治の病になってから、幸せになる人もいます。

      幸せもそうですが、不幸も自分で作る物
      気付く迄は時間がかかりますが、今後とも無理をされない様に祈るばかりです。


    7. 7.

      鰯崎 友

      なかまくらさん、鉄工所さん、返信が遅くなり恐縮です。ぼく、3日寝てないと、布団に入った瞬間に意識を失いますよ(笑)