< 1 >
二人きりで、それも泊まりがけで出掛けるのは初めて、である。
大黒ふ頭、新東京ターミナルで落ちあう。おくる言葉も、白い息がこぼれ落ちることもなく宙を溶けるさまをしばらく見つめる。長森さんの親族が暮らす海底都市、楼蘭(ろうらん)をめざして長距離海底列車に乗り込む。
深海の水圧に耐える頑丈な二重扉を抜けると窓際に通路、運行管理、制御している人造アンドロイドたちがコンシェルジュ。識別のためなのか鉛色の肌をしており、プログラムされた笑顔で乗客たちを迎える。人類すべてに義務つけられた、生体に埋め込まれたIDチップより乗客たちの夢みる人生時間、つまり生体認証を行う。
予約した個室A23 、コンパートメント席への扉を探す。 記号が刻まれたプレートに近づくと扉の電磁ロックは自動解除。二人は一夜限りの秘めごと、扉はロックされる。
淡いオレンジ色の座席が四つ、奥には直径2メートルほどの丸窓があり、白くかすんだ横浜、ベイブリッジが見える。壁に埋め込まれたディスプレーでは、鉛色コンシェルジュがこれからの運行注意を告げている。
・この海底列車は深海を航行いたします。気圧自動制御を優先させていますので、不穏な北海流の影響等により調整必要な場合、深海停車いたします。
・紛争海域を通過する際、未知の敵からの攻撃に対しましては随時応戦いたします。
・目的地以外での途中下車はかたく禁じられています。
やがて、ギリシャ正教会の鐘の音(ね)を模した電子音が新東京ターミナル駅構内を響き渡り、長距離海底列車が起動する。丸窓から見えるすべてが海水になりはじめると、さまざまな感情も無数の水泡となり、ほんの少しの、地上への未練、海上をめざして浮上していく。
長森さんはディスプレーを軽食メニューチャンネルへと切り替える。
「 わたしたち、何を飲むの? 」 長森さんが聞いた。ぼくはコートを脱いでテーブルに置く。
「 なんか、暑いね 」 と答えて思案する。
「 ビールにしない? 」
" Dos cervezas. ( ドス セルヴェッサス=ビール二本 ) " ディスプレーの、鉛色のコンシェルジュにオーダー。
「 大きい方ですか?」 ディスプレーからの問いかけ。
「 そうです、大きい方です 」
深い海の底まで二人きり、甘く、沈む。
< 2 >
五箇山に暮らす鬼の弥七は、よく夢を見る。
ヒトであったころの生活、語らい、そして犯した罪の重さが去来したものであり苦しめられていた。罪の重さゆえ、刀で命を絶とうと切りつけても醜いあざになるだけで死ぬことすら許されない。
腹が減っては鼠を喰らい、寒ければ、穴蔵に潜り込む日々が続く。
ある日、平家の落人たちに襲われている村の娘を気まぐれで助けた。目の見えぬ小夜という娘は、鬼の醜い姿がわからない。美しい小夜の手を引き、村の近くまで送り届けた。
名残を惜しむ小夜の言葉が、忘れられない。鬼にされてから初めて人の心を感じ涙がこぼれた。
逃げのびた平家の落人は、己の罪をすり替えて鬼退治への大義名分にした。名声や金を求める武士、落人たちが大挙して五箇山をめざした。そして森に火を放ち、奇声をあげながら鬼の弥七を追いかける。
別に怖いわけではない。関わり合いたくない。ただ、それだけ。
分水嶺にたどり着いたころ、小夜の声が聞こえた。
「 逃げて 遠くへ逃げて 」
悲痛な叫びは、こだまとなり野山を駆けめぐる。
弥七は思う。
小夜の手をもう一度だけ握りしめたい。かなわぬならば、せめて死んでヒトになりたい。小夜と同じヒトでありたい。
鬼の弥七は燃えさかる狂気の五箇山へと、静かに歩き始める。
< 3 >
オズボーンのシャイで色白の物言い、あまり好きになれない。
なぜか、と考えることすら億劫になるぼく自身も不思議な矛盾であり、当然落ち込んだりもしてみようかと。
王様の耳はロバの耳って叫んでみれば滑稽なのだが、意外と爽快、ちょっと装っているな。快感って少し淫らな言葉が相応しい。
まぁ
彼を縛り上げて売り飛ばすのも一つの手かな。
えっ
どこにだって
決まっているじゃないか。
月の裏側からそっと覗いてごらん。
見えましたか?
あの
『 恋する惑星 』しかないだろう。
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