夜の離任式

  • 超短編 1,121文字
  • 日常

  • 著者: でんでろmk2
  •  あー、みなさん。こんばんは。
     私も、まさか、本当に今年、離任することになることになるとは、思っていませんでした。
     副校長先生が、私を追い出したがっているのは知っていましたが、今年は異動する先生があまりにも多いから大丈夫だろうと思ったのが、甘かったです。
     お世辞抜きで、この学校が、今までで、一番、楽しかったです。
     みんな飛び込んできてくれて、笑って、ダメ出しもしてくれて、助けてくれて……、あれ? どっちが先生だ?

     私の授業は、少し変でしたね? 生徒を指さないし、生徒に答言わせないし。
     一応、理由あるんですよ。指されたり、みんなの前で答えた時、いい思いしたことが無い人が多過ぎたから。
     どんなに簡単で、自信があっても、みんなの前で言うのは、心が震えちゃう人がたくさんいるから。

    「だからこそ、自信を付けさせるんでしょ! 逃げてばかりじゃ成長しませんよ!」

     って、怒ってる人も、きっといるんだろうけど、俺は、痛いのとか、恐いのからは、一目散に逃げちゃうんだよなぁ。

     学習指導要領っていう、何やら難しい本があるんです。それによると、いい授業って言うのは、生徒が自分の頭で考えて考えて、その結果、何かを掴みとるのが、いい授業なんだって。そう書いてある。

     俺の目指す授業ってのは、そうじゃない。喉元から腹の底にストーンと落ちて、「あぁ、そうなのか!」と思わず手を打っちまうように納得する「腑に落ちる授業」。これが、理想だ。

     もちろん、腑に落ちた後は、その理屈を使って、ガンガン問題解いてもらいますよ。

     でも、ダメだって言うんですよね。「知識は、考えて獲得するべきだ」って。違うって。

     「本来」がナンボのもんなの? 小学校6年間、中学校3年間、ずっと教室のお客さんだったかもしれない子が、最後の学校かも知れない夜の高校で、散々分からなかった数学をスットーンと腑に落ちる体験をする。それが素晴らしくなくてなんなのさ?

     ダメなのかい? 「お手本と違う」って、今日も文句を言うのかい?



     みんなに色んな話聞いたなぁ。楽しかったよ。

     オタクな話、オシャレの話、将来の夢、宗教の話、物化生地じゃ物理が1番……、学校がつまらないとか、死にたいとか。

     俺、アドバイスとか、ロクにしなかったよなぁ。

     今、1つだけ言うわ。

     負けるな。

     いや、たとえ負けても、負けを認めるな。

     負けてても、本人が、「負けてない」って言ってるんだ。

     本人が言ってるんだ。こんな確かなことはない。

     きっと負けてないんだろう。

     だから、負けを認めるな。

     いや、負けるな。

     卑怯でも、

     泥にまみれても、

     どんなにカッコ悪くても、

     生きて行け。

     生きることを選べ。

     これ、教師が生徒に言う言葉じゃないけど、たぶん、俺には似合ってる。

     世話になったな。

     ありがとう。

     さようなら。

    【投稿者: でんでろmk2】

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    コメント一覧 

    1. 1.

      けにお21

      むうう、吐露している。

      これぞ、僕が大好きな私小説だ!

      生き残るには、正しく

      「泥にまみれても、

       どんなにカッコ悪くても、

       生きて行け。」

      だと思いますです! 時には自分の信念を崩しても、他人を欺いてもです。

      そうして、今の学校に居残りましょう!


    2. 2.

      なかまくら

      離任式の言葉、時々考えますよね。
      最後に伝える言葉って、自分の生き様とか、生きる上でのポリシーだったり、伝えてやりたいって思っちゃいますよね、すごくわかります。そういうときに、先生なんだなって。


    3. 3.

      鉄工所

      負けても良いのです!
      尻尾を巻いていなければ…
      まあ幸せにハードルを年々下げると良い気がします。

      って、大学20年生の指導要綱でしょうかね

      とはいえ、今にして思えば転校は多くても良かった気もします。

      たくさんの言霊を育てる為に