月曜日の昼下がりに、仁科ニナが高校から帰ってきた。
「タイムマシン、タイムマシンはどこ?」
書斎に転がり込んできた彼女に、父親はそっけなく答えた。
「修理中」
「またぁ!?」
「落ち着けよ。いったいどうした」
「あのマシンっていっつもそう。私が使いたいって思ったときはいっつもぶっかれてる。ほんっとマジあり得ない」
わめく高校生の娘を見て、父親は内心で笑った。それは平成風に例えるなら、サンタさんが来ないといって騒ぐ子供を見る時の笑い。
「まぁまぁ」と父親は、コーヒーをすすりながらのんびりいう。その態度が多感な娘をいらだたせるとも知らずに。「タイムマシンはそう簡単に使っていいもんじゃないんだよ。まだ自分でできることがあるだろ? 工夫してやってみろ」
「パパっていつもそう。人の気持ちなんてぜーんぜん知らないんだから!」そういい捨てて、ニナは乱暴に扉を閉めた。
一人残された父親は、そろそろそういう時なのかな、と呟いた。ちょっと遅すぎたかもしれない。
ニナはいまだに、タイムマシンが過去を変えることのできる機械だと信じている。なぜって、そう教えたからだ。彼女が幼いころ、彼女を“タイムマシンに乗せて、過去--平成時代の日本に連れて行った”ことがある。
行先は京都だった。“平成時代が終わることを知らない舞妓さんに新しい元号を教えたこと”と、“その時見た、舞妓さんの驚いた表情”を、ニナは大事な思い出として記憶している。それがVRだったことにも気づかずに。
仁科家のタイムマシンに、過去を変える機能はない。それはよくできたVRシミュレーターだ。
父親は携帯端末を取り上げて、AIを呼び出した。
「お呼びですか、旦那様」
「一つ聞きたいんだが。昔の親たちは、サンタさんの正体を明かすとき、いったいどんな風に話したんだろうか」
検索結果を眺めながら、彼はぼんやりと考えた。もし時間が操る装置が手元にあって、娘を永遠に子供のままでいさせることができたとしたら……自分はそれを望むだろうか。
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