今夜のごはんのために

  • 超短編 378文字
  • 日常

  • 著者: 古賀
  •  ぼくがこの街に住まってまだ半年も経っていない。
     ここは都会で、隣の部屋には赤子を連れた若い女が住んでいる。顔と名前と国籍は、知らない。
     ぼくは賑やかな目抜き通りと薄汚い路地を内包するこの街が、嫌いじゃあない。
     けれど、ただ、錆びた鉄パイプの向こうに、幼子の亡骸を見つけたときだけ、ああ、と思う。
     あれはかつてのぼくだから。
     それでもぼくはもう二十歳も疾うに過ぎて、こうしてバゲットの上に何をのせるかで悩んでいる。
     それでいい、というよりも、それしかないのだと思っている。
     どんな骸を見かけても、その日のパンとスープを前にすれば、そちらのほうに気をやってしまうのだ。
     ぼくはそういう生き物なのだろう。
     或いは。
     知るひとの亡骸ならば、ぼくは食事も忘れて泣き叫ぶのかもしれない。
     けれど、この街に、ぼくが知るひとはいないから。
     だからぼくは今日、バゲットにはポークパテと緑豆をのせた。

    【投稿者: 古賀】

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    コメント一覧 

    1. 1.

      けにお21

      おお。
      怖いけど、味わい深い作品です!


    2. 2.

      国籍のぼんやりしたお話だなと思いました。あんまり海外の情勢に詳しくないのですが、寒さの厳しそうなヨーロッパの小国をイメージしました。タイトルだけを見て、勝手に美味しそうなお話を想像しておりました。「ポークパテと緑豆」の部分がけっこう好きです。


    3. 3.

      なかまくら

      知らない街で、他人とのつながりが希薄で、余裕があるように見えて、やっぱり必死に生きているんだろうなあって、そう思います。