えー、今は、そんな言い方はしないそうですが、いわゆる、テレビゲームって言う奴が大はやりですな。なんていうんですか? 文明堂カステラ? あぁ、任天堂スイッチですか。そんなヤツが手に入らないって大騒ぎとか。
私ゃあ、BCGが好きですな。勇者が活躍するやつ。……ああ、RPGですか。あれが、いいです。
「ご隠居! ご隠居!」
「なんですか? 騒々しい」
「私、真の勇者になることにしました」
「また、バカなことを言い出したね。この現代社会で、どうやってなる気だい?」
「真の勇者にしか抜けない剣を見つけたんですよ」
「そんなもんがあるわけないだろう?」
「あったんですよ。ご隠居も知ってますよ」
「私も知ってる? なんだい、そりゃあ?」
「『阿部聖剣』です」
「あー、お前さんには抜けないね」
「じゃあ、真の勇者にしか抜けない三遊間を抜くってのはどうでしょう?」
「抜きゃあ、いいってもんじゃないんだよ?」
「じゃあ、真の勇者にしか抜けない第三コーナーは?」
「もう、抜くのはやめなさい」
「じゃあ、真の勇者にしかにしか抜けない昼飯を抜きましょう」
「バカを言っちゃぁいけませんよ。昼飯なんか食べなきゃいいだけだ。誰にだって抜けますよ」
「それが、あるんですよ。会社勤めしてる親戚に聞いた話なんですけどね」
「いやー、休みの日に課長の家によばれるとはなー。こりゃ、出世も近いかな? 『楽な格好で来なさい』って言われたけど、ここで、鵜呑みにしちゃぁ、いけない。さり気に決めてきましたよ」
「よう! 鈴木!」
「げっ! 佐藤!」
「お前も呼ばれたのか?」
「えっ? じゃあ、お前も?」
「ああ」
「いや、お前、『楽な格好』って言っても、それじゃ、失礼じゃあ?」
「いやぁ、よく来てくれたね、2人とも」
「あ、課長! おはようございます!」
「おはようございます!」
「なんだね? 鈴木君、引越しの手伝いに、その恰好じゃあ、汚れてしまうよ?」
「は? 引越しの手伝い?」
「佐藤君から聞いてないかね?」
「言っただろうが」
「あ……、い……、いや、この程度は身だしなみですから」
「そうかね。さすがは、鈴木君だ。……、それでだね、引っ越し業者が、少し遅れるそうだ。どうだね? 上がって、軽く腹に入れんかね?」
「あ、ありがとうございます」
「ちょうど、お腹が減っていたところです」
さて、引越し当日とはいえ、そこは課長の家、いやが上にも期待してしまう鈴木と佐藤でしたが、課長が大きなお盆を持ってリビングに入ってまいります。
「いやー、君たち、実に運がいい。実は、今日、6歳になる末娘が、生まれて初めて、一人でおにぎりを握ったんだよ」
課長はとても嬉しそうなんですが、お盆の上を見るってぇと、何やら奇妙な形をした薄汚れた物体がたくさん乗っております。
「ぉぃ、あれ、握る前に手ぇ洗ってないと思わないか?」
「まぁ、子供のすることだからな」
「いやぁ、これが、なんか、絶妙な塩加減で、滅茶苦茶旨いんだ。さぁ、君たちも遠慮せずに食べ給え」
「なんか、すげぇニッコニコして食べてるねぇ。佐藤君」
「なんか、すげぇドヤ顔で勧めてきているよ。鈴木君」
「ん? どうしたね? 2人とも?」
「いや、ちょっと、思わず造形美に見とれていました」
「目でも楽しめる料理ですね」
「ん? そうか? 確かに、言われてみると単純な三角形とは違うような気がしてきたな」
「そういうレベルか?」
「色だって黒ずんでんだろうが!」
「ん? 『黒酢』がどうしたって?」
「い、いやぁ、こいつ、料理とみると、何にでも、黒酢をかけるんですよ」
「え? ええ、健康にいいもんで」
「ちょっと、佐藤君。完成している料理に調味料をかけるのは、シェフに失礼ですよ」
「は、はい」
「うむ、以後、気を付けるように」
「課長って、マヨラーだったよな?」
「それをいうな」
「なんにでも、ブッチャブチャと」
「それをいうな」
「果たしてどっちを食べているんだろうか? ってくらい」
「やめとけって」
「しかし、旨そうに食うな」
「そりゃあ、愛するわが子が生まれて初めて握ったおにぎりだ。さぞかし旨かろう」
「見知らぬガキが泥遊び感覚で捏ね繰り回した飯粒の塊ってのは旨いのか?」
「それを言うな! それを!」
「ほら、君たちも遠慮せずに食べ給え」
「うわぁあぁあああああ!」
「ははははははぃぃぃぃ!」
2人は思わず腰が引けてしまいます。
「おいっ、課長、怒ってねぇか?」
「顔はニコニコしているんだが」
「真綿にのしかかれるような圧力が」
「深海魚でもプチッと逝っちまいそうだな」
「食べるしかないんじゃないか?」
「しかし、あれだぞ?」
「食べ物は粗末にしちゃいけないんだよ!」
「既に粗末にした結果があの塊だろうが!」
「ああいうのは、スタッフがおいしく食べるって決まってるんだよ! 今頃この辺にテロップが出とるわ!」
「てめぇは、テレビの観過ぎなんだよ! 新聞を読め!」
「活字の時代なんざ終わりだ」
2人は、いつの間にか、肩を組むように首を絞めあっていました。
それを見て、課長は泣いていました。
「か、課長?」
「どうなさいました?」
「いやぁ、すまん。実は、2人が仲が悪いという噂が絶えなくてねぇ。私も心を痛めていたんだが、ともに肩を組むほどに仲が良かったとは」
「そ、そりゃあ、我ら、同じ会社の同志!」
「仲が悪いわけないじゃないですか!」
「そうかい、じゃあ、同志の証として、ともにこれを食おう!」
「はい」
ふらふらと鈴木が手を伸ばしかけたところに、佐藤が思いきり腰をぶつけてきたので、鈴木は正気に返ってしまいました。
「なにすんだよ!」
「いや、お前が正気を失ったまま、あれを食いそうだったから」
「うっ」
「課長は営業部時代、あの技で客を落としまくったらしい」
「お、恐ろしい」
「経験値がべらぼうに違うってことさ」
「ありがとう」
「ああ、お前に先に食われるところだった」
「なにぃ?」
「しかし、ゲリピーじゃあ、引越しの手伝いに差し支えるな。重い荷物も持つだろうし」
「おい、佐藤、おまえ、口だけは達者だったな?」
「なんだと?」
「まぁ、聞け! お前が時間を稼げ。その間に、俺が下痢止めと大人用紙おむつを買ってくる」
「俺が、お前に不利なことを言うとは思わんのか?」
「では、お前は、俺が、俺の分しか買ってこないとは思わんのか?」
「……協定成立だな」
「協定成立だ」
「課長、頂かせて頂きます」
「私も、ぜひ」
「どうした? 2人とも、涙ぐんで」
「感涙にむせんでおります」
「そうかね! あの子には、料理の道を歩ませよう。割烹料理かな? フランス料理かな?」
「課長……、ベルギー料理なんてどうでしょう?」
「ん? なんでだね?」
「おにぎりの中に、チョコレートが入ってました」
お後がよろしいようで。
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