干支の階段 #1

  • 超短編 1,978文字
  • シリーズ

  • 著者: 秋水
  • その日私は、変な夢を見た。

    その夢を見た私は、正しい意味で"全てを疑う"きっかけにもなった。

    それでは、私が見た夢の内容を君に授けよう。

     まず、其の世界には光が存在しなかった。
    光がないので、自分の体を確認する術など存在しなかった。
    自らが今寝ているのか、起きているのかも分らなければ立っているのか座っているのかさえ分らない。
    五感と呼べるモノも、ひどく曖昧で何も感じることは出来なかった。
    そんな状態で、どれだけ時間が経過したかすらも分らないまま事は起きた。
     突然、警笛が鼓膜を激しく揺らすのだ。そして、主は叫ばれた。
    「目覚めよ。我が子達。ファイナルに到達する日まで、汝らに宿命を授ける。其れまでは、汝らの眼は私が封印する。」
    脳に響くような其の声を聞くが、意味が分らなかった。
    ただ、其の声が繰り返し響いて其の声が遠くなる頃には世界は光で包まれていた。
    光を浴びることのできた、謂わば始まった其の世界には緑がなく何というか終わった世界そのものだった。
    其処で、一心不乱に働く者を見た。
    其れは、今日で言うところのミトコンドリアだった。
    私に”小さい”という意識はなく、ただ其処で誰が何をしているか手に取るように見ることが出来たのだ。
    (思い返しても、其処で自然と用いていた眼力は今日が言うところの眼力とは遠くかけ離れている。)
    そして、私はあくまで自然と目を閉じた。
    どれくらい目を閉じていたのかは分らないけれど、次に開いたとき其処は緑によって包まれていた。
    私は、何故かほっと胸を撫で下ろしていた。
    全てを把握しようと目を凝らしている際、特異点を発見した。
    しかし、特異とはいうものの想定はされていたことのように感じた。
    なので、焦りを感じて汗を流す事もなかった。
    私は、「ふぅ」と溜息をつくとまた目を閉じた。

     次に目を開けた時、世界は混乱していた。
    種族間の殺し合い、同族間での騙し合い、仲間内での殺し合いと狂気で満ちていて緑が血で赤く染められていた。
    すると、何処からか主は何かに対して喋った。
    「隠れることの上手いお前は、きっと生き延びる。従ってお前に”祈り”を託す。私の言葉を忘れないようお前には名前と記憶を授ける。お前の名前は、クトゥラだ。」
    主は、何かの前で印を結ぶと目を閉じて消え去った。
    其のクトゥラと命名された何かとは、今日で言うところの鼠そのものであった。
    クトゥラは、神託を得ると侵攻されないようにと直ぐさま地下迷宮を作りはじめた。
    作っている際、同胞から囓られることもままあったのだがクトゥラは其れでも直向きに作った。
    まる3日かけて地下迷宮を作り上げるとクトゥラは、ある悩みを抱えた。
    空腹を満たすために地上へと戻って、もし食べられたら・・・と想像すると行動できなくなっていたのだ。
    そんなクトゥラの姿を見ていて、私は初めて自分の足を動かした。
    大樹の根元に落ちていた、何者かの血で潤った蛇の死骸を拾うと、私は其れをクトゥラのもとに届けた。
    クトゥラに其れを食べさせるよう促すと感謝するように涙を流して地下迷宮へと蛇を連れて戻った。
    地下迷宮の中で、ちびちびと蛇を食べている様を確認すると、私はもと居た場所へと足を運ばせようとした。その時だった。
    ”もとの場所が分らない。”
     迷った私は取り敢えず、蛇を拾った大樹まで戻ろうと考えた。
    大樹まで戻ることはできたが、やはり其処からの帰路は分らなかった。
    此の眼力をもってしても、もと居た場所の記憶がないため何も分らなかった。
    困ったというより、終わったなという感じがした。
    立ち尽くしていると、次第に周りは暗くなり光がどんどん闇に侵されていった。
     気が付いたのは、1匹の蛇に話しかけられたことがきっかけだった。
    「アンタ、何カ困ッテナイカ??」
    もと居た場所の記憶がなくて帰れないという話をすると、蛇はニヤケながらこう言った。
    「ソレナラ、時ヲ遡レバイイ。」
    遡るにはどうすればいい?と尋ねると、蛇は頭で大樹を指しながら答えた。
    「アノ木ニ、実ッテイル桃ノミヲ食ベレバ良イ。サスレバ、時ハ遡ル。」
    蛇に感謝を述べると早速、大樹へと登り沢山実っている果実の中から桃を選んで皮ごと食べた。
    桃の味を口いっぱいに堪能する暇もなく、瞬く間に私は意識を失った。

     目を開けると、私は夢から覚めていた。 

     
    此処で私がいつか見た夢の話は終わるのだが、其の後の話をさせてほしい。

    いつもの香りと、いつもの肌触り、いつもの天井と、いつもの感覚。
    全てがいつも通りだったが、私は自分が今誰なのか分らなくなっていた。
    鏡へと向かう際、不安だったのか私は意識しない間に早歩きとなっていた。
    鏡を見ると、いつも通りの自分が存在した。安心したかったが、なにか違うと私を不安にさせた。
    其れがなんなのか、私には分らない。
    ただ言えるのは、この日を境に私は今ある世界を恨むようになった。

    『何故なら、此処は”偽り”だから。』




    ーつづく




    【投稿者: 秋水】

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