眼前に広がるそのひどく凄惨な光景に、彼はただ愕然としていた。撒き散らされた生温かい血で真っ赤に染まった机上。広げてあるノートは、そこに書いてあった文字が読めないほどにたっぷりと鮮血を吸い込んでいる。
後悔。罵倒。叱咤。自責。あらゆる負の念が彼の脳内を駆け巡り、しかし同時に気づく。それはもはや何の意味も持たないのだと。
血塗れの光景を前にした彼の思考は、事件の起こった数分前へと遡る。
少年は、机に向かっていた。それは、何ら普段と変わらない光景。机の上にある時計の針は、今日という日が残り数分であることを示し、そして同時にそれは休日の終わりを意味していた。
少年の通う高校では、週課題という名の課題が存在する。その名の通り、毎週ノルマとして出される課題のことである。例えば、数学の問題集6ページ、英単語100語暗記、英文4ページ和訳、など毎週決まった量の課題を出し、休み明けに提出するのだ。
今週こそは平日中に終わらせ、優雅な週の変わり目を迎えるつもりだった少年は今、当然のごとく週課題の山に追われていた。
事件が起こったのは、その時だった。
常のように余裕のない週の変わり目を迎えていた彼が、ふと顔の中央に感じた違和感。本来ならば粘性に富むはずの「それ」が、円滑に流れ落ちてくる感覚。
その感覚の表す事象の正体にいち早く気づいた彼は、必死で動かしていたペンを止め、手元の箱に手を伸ばした。そして、その箱から抜き取った一枚の薄い紙をこよりにして、”それ”が流れ出ようとする右側の穴に無造作につっこむ。
後悔するべき点を挙げるとするならば、おそらくここだったのだろう。
そこで生じた再びの違和感。先の細くなったこよりが穴の奥をいたずらに刺激したことで、呼吸に不規則な乱れが生じ始めたのだ。
まずい、と彼は本能的に感じた。今起こっている事象と、これから起ころうとしている事象、その二つの要素から予測できる結末は全く以って芳しくない。しかし同時に生理的である「それ」はもう止められないことも明らかだった。
不規則な呼吸の締めくくりとして、直後に吐き出すための大量の空気が吸い込まれ、彼の危機感が諦めの境地へと達した、その瞬間。
『XxXXxX!!!!!!!』
”くしゃみ”という事象の模範的で盛大な音と共に、鼻の穴に突っ込まれていた薄い紙のこより-”ティッシュ”-が勢い良く吹き飛び、そしてティッシュによってせき止められていた粘性の乏しい赤い液体-”鼻血”-が、まるでダムが決壊したかのように溢れ出し、飛び散った。
瞬く間に赤色に染まっていく机上と、明日提出の課題の山。必死に書き写していた文字が、濁った赤色に塗りつぶされていく。
その光景は、まるで走馬灯であるかのようにゆっくりと彼の瞳に映ったのだった。
無機質な天井を仰ぎ、途方に暮れて少年は呟く。
──あぁ、明日提出無理だ、これ。
コメント一覧