おいしいごはん

  • 超短編 932文字
  • 日常

  • 著者: zenigon

  •  家に帰ると部屋の中は散らかしたまま、であった。
     
     慌てて支度をし、仕事へと出掛けた十日前にタイムスリップしたみたい。ぼくは妹を睨みながら話し掛ける。
     
    「少しは片付けをしてくれよ。頼むから」

     機嫌が悪いのか妹は、何も答えてくれやしない。そうそう、そんな苦言の前にお土産の一つでも渡すってのが順番だよな。とりあえず、反省。

    「今日は誕生日。なんかくれよ。何でもいいからさ」

     反省なんて言葉が乾かないうちに、これだ。最悪、最低。もっと機嫌を悪くしてしまったようだ。

     名誉挽回とばかりにぼくは浄水器を通したきれいな水をボウルいっぱいに注ぎ、お米を研ぎ始める。乳白色の水煙が円を描きながら浮かび上がる。限りなく白に近いコンクリートの煙突から青空へと向かうのは、何? なんて思い出しながら一気に水を捨てる。水が澄んでくるまで、繰り返す。

    「じゃじゃーん、最新式の電子炊飯器。高かった! どんなお米でもおいしく炊ける。あっ、おいしいお米がさらにおいしくなるって寸法さ。すごいだろう」

     妹はくすりと笑っている。なんか馬鹿にされたようだが、いたしかたない。まともな料理が何一つできないぼくにとって出来ることと言えばこんなものさ。もっとも、ごはんを炊くなんて出来ない人の方が少ない気もする。
     
     炊飯器のスイッチを入れたあと、散らかしたままの部屋を片付け始める。これでは足の踏み場もないくらいだ。よくも、まぁ、このままで、なんて思いながら妹を見るとまだ、笑っている。はいはい、わかりました。ぼくが悪うございました。黙々と片付けを続ける。

     今、現在、流れゆく時間にも色はあるのだろうか。あるのならば、今は何色、なんだろうか。

     とりとめのない空想を拡げていると炊飯器の電子音がピッピッピと鳴った。おいしいごはんの出来上がり、なんて告げている。
     
     妹の茶碗は白い陶器で出来ており、今にも溶けそうな淡い橙色のうさぎが描かれている。きれいな水で湿らせたシャモジでおいしいごはんをよそる。
     
    「残さず全部食べろ」

     なんて乱暴に言いながら、幾ら呑んでも酔えない夜を思い出した。

     妹は笑っている。
     
     2011年3月の写真の中に閉じこめられたままなのに、笑っている。 また一つ、妹と年が離れてゆく。十七歳の妹を置き去りにして、ぼくだけが老いていくのだ。

    【投稿者: zenigon】

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    コメント一覧 

    1. 1.

      howame

      この作品は愛情があふれていて、哀しくていい作品ですね。好きな作品です。