「この船にもう人が住まうスペースは無い。
先程僕は両親を船の外に出してきたよ。」
「お母さん達は、なんて言ってたの?」
「是非も無い、とさ。自分たちはもう十分に生きた、だから次に席を譲る、と。」
「本当にそんな風に割り切れたと思う?」
「いや、あの人達はおれの両親で、おれが誰よりも知っている人で、誰よりもおれに近い人だ。
なら、そんな風に割り切れるはずがない。
ただ、カッコつけたかったのさ。」
「そう分かっているなら、何故?
確かに船のキャパシティは限界が近づいていた、でもだからって進んで命を投げ出すような真似を、進んで命を誰かに捧げるような真似をする必要が何処にあるの?」
「……その答えは両親にしか、或いは両親でさえわからなかっただろう。
でも、……おれはおれが生きていく上で自身の矜持だったり志を1番大事だと思ってる。」
「実の両親よりも?」
「ああ。」
「我儘だわ、それは悪徳よ。」
「悪徳も徳さ、そして徳とは美徳、だろ?」
「詭弁ね。」
「そうだね、その通りだ。」
「そんなのはあなたの本心じゃなくて、ただ、誤魔化したいだけでしょう?」
「本心だとも、心からの卑しい自己弁護だ、
けど確かにそうだ、おれはごまかしごまかし生きてきた。」
「本当は親孝行したかったでしょう?」
「……そうだね、そう出来れば一番良かった。
だけどおれには誰も幸せには出来ないんだよ。」
「何故そう思うの?私ね、あなたと一緒にいて幸せよ。」
「莫迦な、おれは君を幸せになんかしちゃいない、何故ならおれは幸せじゃないからだ。
みてろ、今に君はおれより素敵な人を見つける。そしてあっさりと別れを告げるのさ。」
「ふふ、不安なの?」
「おれの人生で一度たりとも不安がなかったことなどないよ。たまに何か安心してもね、それが新しい不安になるんだ。」
「そうね、不安よね。でもいまだけは安心して、私、あなたを離したりしないんだから」
「あぁ、また不安の種が増えたよ。
ありがとう、本当に本当に、ありがとう。」
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コメントありがとうございます!
まあ、この人がこの船の船長であっても、為政者であっても、ただの乗客であっても。
どんな人間であれ、この決断は子供としては最低ですよね。
コメントありがとうございますー!
女が男をダメにする、でも女が男をダメにさせない。
それほど人の心へ響くもの、それが愛。
そういうものだと思うんですよ。
やはり、未来は地球には住めず、宇宙に出て行くことになるのかな。
さて本作。
みなさんの身代わりになったご両親。
姥捨て山に祖母を担いでいく息子と同じようなものかな?
そうなら悲しい未来。
主人公は、強い精神力をお持ちなのか、先ほど両親を捨てたと言うのにさほど落胆しておらず飄々としておられるように感じました。
後半は、安心が新しい不安になる、という心配性の主人公と妻との会話。
夫婦?の会話には愛があり、仲良さそうで、ほほえましかったです。
地の文がない、戯曲の1シーンのようで楽しく読ませていただきました。
上に立つものには、厳しい決断を迫られるときがあるんでしょうね。そして、支えてくれる存在も。
けれども、それは強い決断ですが、共感は得られないんじゃないかなぁと思います。