聖女の胎の中

  • 超短編 1,014文字
  • 恋愛

  • 著者: 洞爺
  • 子を孕み産み落とす。
    それだけが彼女の役目。人生。生きる理由。
    誰とも知らない男と寝ては、子を孕む。
    孕んだ子は里親を見つけ、譲り渡す。
    里親を選ぶ条件は三つ。
    経済的に余裕のある夫婦。
    何らかの理由で子を作れない夫婦。
    他人の子にも愛情を注いでやれる夫婦。
    彼女は何人もの子を産み落としてきた。
    子を譲った夫婦は計り知れず、抱かれた男の数もまた、計り知れない。
    だが、その行為の間に愛がなかったことはただ一度としてなかった。
    それでも、彼女の身体はもう限界だった。
    子を孕みすぎた子宮は腫れ、歪な形をしていた。子を産みすぎた腹は垂れて皺が寄り、もう膨らみはしなかった。
    私が産んできた子らは、元気に生きているだろうか。
    彼女はふとそう思った。
    ああ、愛しい我が子達。どうか幸せに生きていておくれ。
    彼女はこれまで産んできた子らの名前と顔を、全て覚えたいた。
    ジェネブ、サンドラ、ミスト、リリ、ラミシア、ソラムト、アム、ハージュ、ザヤル……。
    愛しい我が子達……。
    彼女はたくさんの男を愛し、たくさんの子らを愛した。
    そして恵まれない夫婦に恵みを与えた。
    大半の者は彼女を卑しい売女、魔女と呼んだ。一方で、その恩恵を受けた一部の者達は彼女を聖女と呼んだ。
    彼女は誰に何と呼ばれようと気にも留めなかった。彼女にとって大切なのは可愛い我が子達のみ。その子らが幸せに暮らせるなら、その他のことなどどうでもよかった。
    彼女は、老いと疲労でろくに動かない身体を引き摺り、廃墟同然と化した教会を訪れた。
    彼女が初めて子を孕んだ場所だった。
    ああ、アンデリーゼ。私の愛しい子。あなたは今も何処かで幸せに暮らしているのでしょう。
    崩れかけた十字架。首の取れたイエス・キリスト。礼拝を行う者はただ一人の聖女のみ。
    ふと、小さく細い声が、教会に響いた。
    それはか細くも強い、泣き声。
    誰かいるの?
    彼女はそう問うて、声の主を探すようにふらふらと歩みを進めた。
    ああ、あなたなのね。あなたが私を呼んだのね。
    彼女は縋るように泣く子を抱き、朗らかに笑った。
    ああ、あなたの母は私。愛しい我が子。
    アンデリーゼ。

    母はいつも、愛おしそうに私の名を呼んで、擽るように頬を撫でた。
    そして遠い目をしては、それまでに産んだ子らの話を寝物語の代わりに聞かせる。
    私は母が大好きだった。何者をも愛することの出来る母が大好きだった。

    ああ、アンデリーゼ。私の愛しい我が子。

    捨てられた私を拾ってくれた、優しくも慈悲深い、私の聖女(母)____。

    【投稿者: 洞爺】

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    コメント一覧 

    1. 1.

      なかまくら

      何か事情があったのかなあ、なんて思いました。産んだ子を手放さなければならなかった理由が。
      けれども、それでも幸福のために身を尽くした結果、誰かが祝福を与えてくれる。
      聖典に載っていそうな話だなと思いました。


    2. 2.

      けにお21

      子供を多く残すことを、天職?として生きてきた女性の物語。

      確かに、子供に恵まれない夫婦にとっては主人公のような女性は、聖女に見えるかも知れないし、そうでない人からは、単にヘマな売春婦にしか見えないでしょう。

      もしやるならば、受注を受けた子宝に恵まれない夫婦の旦那の子種から作るのがベターではなかったのかな?と冷静に考えたり。しかしながら、そんな人生で本当に良いのか?とも思いました。今思い出しましたが、世界には主人公のような商売があったように思います。

      さて、本作。最後に、主人公は教会に捨てられた子を、最初に産んだアンデリーゼと思い込み、自ら里親になったのかな。それも、十分に可愛がって育てたことが分かりました。

      私見ですが、対象の男性に対して愛があり、子をもうけたなら、二人で育ててあげた方が、その子は喜ぶのではないのかなあ?と思いました。