ただただ、少女が見つめる世界は、美しかった。
無限の死を、齢すら忘却するような時の間経てきた存在から見れば、濁った色眼鏡から見えるのは、赤黒く塗りつぶされた暗闇の荒野。
虐殺と非道の限りを尽くす、誰も知られることのない世界の操り人形がかつて夢想した世界が、そこにはある。
人間同士の擦れ合いのなか、笑ったり、怒ったり、悲しんだり。
遠い昔に在った少女の姿が、幾億もいる人達に重なっていく。
が。
「そんな」
忘れ去った筈の、あの想いが蘇った。
もう二度と誰かの苦しみを見たくない、そう誓い、聖なる剣を手に取った瞬間。
助けられなかった命の終わりをこの手に宿し、その犠牲の分まで戦い抜こうと願った幼い頃。
だが、世界は無情を少女に叩きつける。
もう少しで、『日常の人達』へ完全に重なろうという少女自身の影は、重なる前に霧散してしまった。
「いや」
いつ付いたかも分からない、彼等の怨嗟が籠った返り血。
あれほど白かった肌と髪は、最早深紅とタールが入り混じっているかのような、吐き気を催す程に不快で、悍ましい呪いが染み付き。
「嘘だ」
どこかで気付いていた筈だった。
私がやらなければ、誰がやる。
そんな義務感に駆られた結果が、今の彼女。
それなのに、思ってしまった。
『やらなければよかった』、と。
忘れ去っていれば幸せになれるかもしれない信念も、かつては自分の半身とばかりに縋り依存していたモノ。
それが崩れ、『後悔』してしまえば。
「いや、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
完全に壊れてしまうことなど、容易かった。
信念という塊さえ取り除いてしまえば、奴隷などはただの殺しをインプットされた精密かつ従順な鉄屑ならぬ、肉屑でしかない。
慟哭して、何もかもを後悔し、諦め、自身の人間としての知能すら防衛機制によって抹殺し、ただのマリオネットとして生きていく事を、少女は選んでしまった。
そうしなければ、自分がさらに苦しむから。
物言わず目に生気すら宿さぬ幽鬼のように彷徨い、ただ目的も、意味もなく。
自我すら有らずに殺すだけの、人を象り、肉と骨で成った機械人形。
皮肉にも、哀れな少女の、人間としての命を最後に殺したのは、自分自身であった。
時折、理由も無く人が死に、事件として扱われるも、迷宮入りになることがある。
それも、無惨に、かつ人道とは思えない程に解体された被害者の姿と共に。
もしかすると、それは『彼女』が、私達が酸素を取り込み、二酸化炭素を放出するのと同じような日常で行った跡なのかもしれない。
紅い。
人間だったものの肉片や眼、手足。
住居だったはずの粉々に砕かれた破片。
バラバラに砕かれた、子供用の椅子。
幼い子供が、家族のために描いた全員笑顔の絵を塗り潰す、赤黒いモノ。
一帯が、死に塗れた中、静かに歩む人影が一つ。
表情もなく、まるで生きていないマリオネットのように不自然に、幸せだったものを踏み躙る虐殺の奴隷が、そこにはあった。
誰かの幸福を引き千切り、人肉を食み生き長らえることすら何とも思わなくなれば、その惨さも語るに及ばず。
「ど...して」
最後の残り火である少女の想いは、この呟きの瞬間、完全に潰えた。
コメント一覧
ひえええ・・・なんて悲しい終わり方でしょう・・・。
義務感でやっていると気付いたらおしまいですね・・・。気付いてから死んだ方が良かったのか、その前に気付くこともなく死んだ方が良かったのか。。。どちらかなぁ・・・。
前回よりは抽象のバランスがとれて、物語がわかりやすかったです。
主人公は、殺戮マシーンと化した少女に見えました。
後悔をかき消し、マシーンとして生きて行くその姿は、悲しき殺人鬼、に思えました。
生き物はいずれ死ぬ訳で、受け入れられなくても、忍び寄り、葬られるものかと。
出来ることは、遺伝子や作ったものを次世代に引き継ぐしかないのかな?
小説も残る可能性はある。
お褒めに預かり光栄でし、少しの手慰み時間とは言え、ちょこっとそこの手入れをね!
救いといえば後者ですが、『諦める』というのが救いならば、前者かもしれません。
ですです。
人間が遺せるものといえば、心、言葉などのミームってやつだけ。
だからこそ必死で残そうとする、じゃないと本当の意味で死にますから。