君は何色が好き?

  • 超短編 1,712文字
  • 恋愛

  • 著者: 3: 寄り道
  • 「君は何色が好き?」
     突然、寝ている僕の部屋に入って来てそう訊いて来たのは、僕と同じくらいの年齢の少女だった。
    「え!何?」と驚く。ここからだと、出入り口の扉が見えないため、いつ入室して来たのかも分からなかった。
     少女は、僕の驚きを無視して、質問を繰り返す。
     急に訊かれたので、よく考えもしないで「空色」と答えてしまった。
    「空色かあ。私も好き。でも、空色にも色々あるじゃん」また訊いてくる。
     最初は訝しがっていた僕も、次第に彼女のペースに乗せられ「空なら何でも好きかな。晴れわたった青空、雨降りの灰色の空、何でも」と答えている。
    「私は、青空が好き。太陽の陽を浴びながら青空見ると、生きてるって実感する。それで、君はなんでここにいるの?」
     僕は心に何か重たいものをかけられたような、そんな息苦しさを感じ「ちょっとね」と質問をはぐらかし、布団の中で左手首を右手で掴んだ。
    「じゃあ。またね」
     突然来た少女は唐突にそう言うと、扉に向かって歩いて行って、姿が見えなくなった。
     それと同時に、僕のことを担当しているナースが入って来た。
    「鈴木君、お薬の時間ですよ。それに何話していたの?」
    「さっき、そこに僕と同じくらいの少女が立ってて、話しかけて来たんだ」僕は少女が立っていたところに指を指す。
    「夢でも見ていたんじゃないんですか。ここは隔離病棟ですよ。鈴木君の家族以外の面会は謝絶です。退院したいなら早く、自傷行為をする癖治さないと」
    「ですよね」と小声で言ったけど、心の中では夢ではないと確信していた。では一体、何だったんだろう。もしかして、幽霊?僕は心の中で笑った。
     少女は僕の目の前に度々現れた。
     連続で会える日もあれば、一週間に一度。はたまた、月に一度。しかし、会えない月はなかった。
     少女の話題は「好きな食べ物は?」や「好きなスポーツは?」「退院したらどこ行きたい?」など、ありふれた質問しかなかったが、僕はその時間が物凄く好きだった。
     そんな日が続いたせいか、僕の自傷行為する癖も治まってきて、少女と出会って3年目、つまり、ここ精神科の隔離病棟に入院して9年目でやっと、主治医から退院の許可が下りた。
     僕はもう24歳になっていた。
     こんなに早く退院できたのもあの少女のお陰だ、と思っている。が、退院日が近づくに連れて、少女の姿も見えなくなったのも事実だった。
     僕はリストカットで傷つけていた左手首を右手で摩って「今までごめん」と囁いた。
     退院日。僕の両親も来てくれて、主治医とナースに感謝していた。
     僕もつられて、礼を言う。
     先生たちは、外まで見送りに来てくれた。
     9年振りの外の空気だ。
     目一杯、息を吸い込んでいると、少し離れたところに車椅子を乗っている人を見つけた。
     その人も、両親の付き添いで、両親はというとその人の主治医であろう先生と話している。
     車椅子に乗っている人は、両親と先生が話している間、車椅子を色々と操作していた。
     すると、車椅子に乗った人の顔がこっちに向いた。
     僕は目を見張った。
     病室で会った少女にそっくりだった。
     車椅子に乗った少女は、僕に気づいたらしく、両親が先生と話している場から離れ、慣れた手つきで車椅子を操作し、僕に「君も今日退院なの?」と訊いてきた。
    「うん」そう答えると「一緒だね。私も今日退院なんだ。ところでさ、君は何色が好き?」
     やっぱりあの病室で会った少女だ。
     僕は微笑み、人差し指を上に向けて「空色」と答えた。
    「空色かあ。私も好き」少女は優しく笑った。
     少女の母親が呼ぶ声が聞こえ「じゃあね」と手を振って、少女は僕から離れて行った。
     少しだけ、淋しい気持ちになった。
     僕の両親が、先生との話しが終わり、僕の顔を見て「今の子は誰?」と母が訊いてきた。
    「僕に生きる勇気をくれた人」心の中で、名前は知らないけどね、と付け加えた。
     母は不思議そうな顔で僕を見つめたあと「先生、あの車椅子の子も今日退院なんですか?」と先生に訊ねる。
     先生は少女の横顔を見て「ああ、あの子ね。2か月ほど前から入院していたかな。名前は確か“ユウキ”って言ったかな」
     僕は、遠ざかる車椅子越しの少女の背中を見て、また微笑んだ。

     太陽が照りつくす少女が好きな青空の下で、僕は今日退院した。

    【投稿者: 3: 寄り道】

    一覧に戻る

    コメント一覧 

    1. 1.

      鉄工所

      初めまして

      生死の交差する病院
      私も良く書きますので、初投稿でもインパクト的に良いと思います。

      デジャブって、本当にあって亡くなる前にウチの犬に子供が産まれたなんて事を言ってた記憶を思い出しました。

      描写の色合いが綺麗で、背景に差し色を入れるとより素敵になると思いました。


    2. 2.

      なかまくら

      >僕は心に何か重たいものをかけられたような、そんな息苦しさを感じ「ちょっとね」と質問をはぐらかし、布団の中で左手首を右手で掴んだ。
      の一文が素敵ですね。ここから、物語に一気に引き込まれました。ラストもハッピーエンドでよかったなぁと。
      もしかしたら少女のほうにも知らない少年が来ていたり・・・なんて、そんな妄想をしました。


    3. 3.

      けにお21

      僕は赤色が好きですね。赤ワインが好きだから。

      さて、本作は自傷行為癖がある主人公が入院している病室に、不思議少女が現れ、主人公に素朴な質問をすることから話が始まる。
      その後も度々病室に現れる少女と、主人公は交流を深めた。

      オチは、退院時にその少女が実在していたこと。
      立ち入れないはずの病室に現れた少女は、テレパシーにより病室に立ち入っていたのかな?

      また、少女は2ヶ月前から入院していたと言う。
      主人公の病室に少女が現れたのは3年前から。
      とすれば、2ヶ月前までは、少女は入院していない筈なので、自宅などから病室にいる主人公に対し、何かしらの手段で交信していたことになる。

      また、数ある人の中から、なぜ主人公を選んだのか、が謎でした。

      何れにしても、主人公は無事退院が出来て、良かった。
      これから、明るい人生になるといいですね。