クワガタのトッピングあります

  • 超短編 1,028文字
  • 同タイトル

  • 著者: ミチャ寺
  • 俺は冷やし中華を食べるつもりだった。

    * * *

    「えっと…よくわからないんだが、店員さん。これは冷やし中華だよね?」
    給仕してくれたウェイトレスの少女に、持ってきてくれた冷やし中華を指差して見せた。ツヤすら感じるのどごしの良さそうな中華麺、キレイにカッティングされたみずみずしいきゅうりやトマトなどの野菜たち、中華麺たちの島を浮かべるツユの海。そして、そんな島の上に遊び心のように乗せられている半分に切ったゆで卵。そこまでは良い。夏の定番の光景だ。美味しそうだ。
    「でもね、いくら遊び心だとしても、中華麺の島に昆虫のお友だちが上陸しているのは気になって仕方がないんだけど。」
    この冷やし中華、元気の良さそうな1匹のクワガタが乗っかっている。
    「……こちら、トッピングです。」
    少女は顔色ひとつ変えずに言い放った。その笑顔は鍛え上げられたような営業スマイル。なるほど、プロだな。いやプロじゃなくてだね。
    「……ナマモノみたいだけど。歩こうとしてるし。」
    「…しばしご鑑賞ください。」
    この子、若いわりに肝が座っている。面倒を避けたいのか、それともそういう性格なのか、はたまた本当にトッピングなのか……。
    「いや、そんな場合じゃないんだ。放っておくと中華麺に到達しちゃうよ。まだゆで卵の上だから、このまま彼をゆで卵ごと移動させてもいいかな?」
    「どうぞ、ごゆっくり。」
    まったく表情を変えない少女。
    まあでも、確かに言う通りだな。慌てて動かして彼を刺激すると、飛び回ってしまうかもしれない。そうすると被害は想定できないレベルまで広がるだろう。
    ゆっくりと、ゆで卵を移動させる。
    皿から離すと、なにやら一緒に食事するペットのようで愛着が湧いてきた。
    ゆで卵を食っているわけではないが、気に入った様子でずっとその上で佇んでいる。
    しかし卵がないと少し冷やし中華としては物足りない気がする。
    「すみません、替えのゆで卵ありますか?」
    「替えのゆで卵ですね。少々お待ちください。」
    店員の少女は丁寧にお辞儀をして厨房に入る。
    これで俺も満足のいく冷やし中華を堪能できるだろう。
    「お待たせいたしました。」
    持ってこられたゆで卵には、クワガタ二号が堂々と佇んでいた。
    「お前たち……本当にトッピングだったのか。」
    「念のため申し上げますと、飾りですのでくれぐれもお口に入れませぬよう。」
    「…あぁ、モチロンさ。こんなかわいいクワガタたちを食べられるわけがないだろう?ところで店員さん、このクワガタは持ち帰ることはできるかい?」

    【投稿者: ミチャ寺】

    一覧に戻る

    コメント一覧 

    1. 1.

      ミチャ寺

      なかまくらさん、コメントありがとうございます。
      ある種コントのような物を想像して書きました。
      この話にテレビのバラエティ番組などでよくある観客の笑い声をトッピングしたい気分です(笑


    2. 2.

      キノ

      クワガタをナマモノって言うところが可愛い!

      こんなかわいいクワガタたちを、って言うところがまた可愛い。

      そんなことを言うミチャ寺さんが、またさらに可愛い。


    3. 3.

      茶屋

      食べないんかい!!でもわかるかわいいですもんね。
      今回はギャグのクワガタも面白くて個人的に大満足です(書きにくいお題だしてすみません。


    4. 4.

      鉄工所

      なるほど、ゆで卵を守っているのですね!
      えーと…
      ツンデレなウエートレスさんに萌えそうです。


    5. 5.

      ヒヒヒ

      まさかのクワガタ、お持ち帰り……!
      これがきっかけで彼はクワガタに目覚め(目覚めません


    6. 6.

      けにお21

      普通に出して、しかも生とは、斬新。

      なるほど、そうか、お子様ランチのおまけのオモチャのようなものだったのですね。これはこれで子供が喜びそうだなあ~・・・ってオイッ最初にちゃんと説明しろよ!!と言いたくなる作品。

      でも、ゆで卵に乗せるのは、やはりあり得ない。

      これだけ多くの作家さんが、「クワガタのトッピングあります」の創作に取り組まれて、十人十色に仕上げられるとは、驚きとともに楽しかったです。一つとして、ネタがかぶっていないのですから。

      まとめると、
      ヒヒヒ氏・・クワガタ食を開発し、食べさせる
      なかまくら氏・・・人間をウイルスによりクワガタ好きに改造し、食べさせる
      茶屋氏・・独自の世界観を作りあげ、そこでは普通にクワガタを食べている
      鉄工所氏・・料亭でのクワガタに似せた細工料理をつくり、食べさせる
      キノ氏・・屁理屈で食べさせる
      ミチャ寺氏・・普通に出して、しかも生。ただし、食べささない。
      となる。

      そんな中、生はミチャ寺さんだけでした。

      食べさせないとしても、生クワはあかんやろ、生は!w
      じっとしているクワも、どうかしていると思うw


    7. 7.

      ミチャ寺

      茶屋さん、コメントありがとうございます。
      生で動いているクワガタをおどり食いさせる力は私にはありませんでした(笑

      鉄工所さん、コメントありがとうございます。
      昆虫って普段飛び回ったり歩き回ったりしているイメージだったのですが、時折たしかに生きているのに動かない奴を見かけるんですよね。お気に入りの場所なのかなぁと思ったのがこの小説に反映されました。

      ヒヒヒさん、コメントありがとうございます。
      クワガタ一号二号に愛着が湧いたのでしょうな(笑
      そのうち自主的にゆで卵の上に乗せだすかも知れません。

      けにおさん、コメントありがとうございます。
      「クワガタのトッピング」からパッと連想したのがご飯の上でノソノソと歩くクワガタでして。
      さすがに白米の上を横断させると大変な絵面になるのでギリギリシュールな生クワを狙いました(笑


    8. 8.

      なかまくら

      食べないとは・・・っ!!!
      そうか、トッピングがあるからと言って、食べるとは限らない!盲点でした^^!
      けにおさんのコメントも面白いw
      店員さんの
      >「…しばしご鑑賞ください。」
      で、完全にやられました。あー、笑いました。楽しかったです。