クワガタのトッピングはじめました。

  • 超短編 2,338文字
  • 同タイトル

  • 著者: 3: 茶屋
  • ビロードの道を歩くと、薄硝子の翅に光を受けて虹を作るトンボの群れがゴーグル越しに見えた。

    あれが今日の獲物だ。水晶でできた蜘蛛の糸で作られた網を持つ。

    翅の粒子を吸わないようにマスクの留め金をキツク締める。

    僕の親父はウスバカゲロウの翅を吸い込んで、肺をズタズタに切り裂かれ血を吹き出して死んだ。

    トンボの翅は綺麗だから高く売れるだろう。合皮でできた手袋で水晶蜘蛛の網を強く握る。

    パッと網を投げる。トンボ達がパッと飛び散る。いくつかの翅が砕けキラキラとガラスの粒子が振りそそぐ。

    光が反射して虹が散乱する。水晶の網は目に見えないような細かな切れ込みがありそれが獲物の表皮を切り裂き食い込む。

    ひぃふぅみぃ……七匹のトンボが取れた。慎重にトンボを網から剥がして方にさげた箱に入れる。

    とりあえず明日の晩飯までは食いつなげるだろう。

    町の入り口で、蒸気を全身に受けて見えない粒子を落とされる。三重の扉をくぐり居住区の片隅へ。

    マスクとゴーグルを外す、この瞬間が一番好きだ。

    質屋へ行き今日の戦果を金に換える。

    銅貨が数枚とエレベーターの往復券が一枚。

    それを握りしめてエレベーターに乗り、中層の繁華街へ。

    今日の狩りで網が破れたので予備を買う、後はエールと傷薬、なにか足りないものあったっけ?

    特に思い当たらなかったのでホタルが数匹は言ったカンテラとハエの目玉を購入した。

    その足で本屋へ行き相場表を買った。前買った相場表は古く、そのせいで高く売れると思った蟻の酸が安く買いたたかれた。

    本を見るとクワガタが高騰しているらしい。

    上層の方々は髪飾りにクワガタの翅と顎を加工したものを使うのだとか、

    クワガタの狩りは危険だがその表に書かれている価格を考えると対価は十分だった。

    クワガタ用の虫ピンを数本買う、ピンと言いつつ実際槍みたいなものだが。この槍の先に毒を塗り関節の隙間に刺すそれがクワガタの狩り方だ。

    手痛い出費のせいで食料は携帯食料しか買えなかった。肉が食べたかったがしかたない。この固い粘土のような飯にも慣れたものだ。

    下層民にとってのおふくろの味ではないだろうか?

    エレベーターで下に降りて穴倉へ帰る。明日はクワガタ狩りだ。

    夜のうちにおきて準備をする。出入口は混むからな。

    防護服を着てゴーグルとマスクをつける。さぁ行こうか。

    三重の扉を超えて虫の世界へゆく。

    クワガタはオパールの倒木によくいる。人より少し大きいくらいが狩り頃だ。小さいクワガタは金にならない。

    知る限りオパールの樹が生えている場所までは大体二日ほどかかる。つまり行き帰りの移動だけで四日、狩りの時間を入れるなら大体七日程度は見る必要がある。

    食料はともかく水はもたないだろう。オパールの樹の中に水があればよいのだが。

    途中運良くダンゴムシを見つけた。外殻は鉄板の代わりになるし、中身は結構旨い。

    そこいらに生えている金属の杭をさして運ぶ、ビロードの道はツルツル滑るので運ぶのは意外と楽だ。

    オパールの林についた。一本一本がビルのようにでかい。

    とりあえず狩りの拠点を作る必要があった。体はこれまでの移動で限界だったしマスクのフィルターを変えなければならない。

    オパールの木々を吟味する。スカスカすぎると虫に襲われるし、かといってぎっしりと中身が詰まっている木は拠点を作れない。

    なんとか、ちょうど良い木を見立てることができた。根本から入り、中を見ると少し奥に水があった。オパールの木は水をろ過する。

    外で体の粒子をふるい落とすためにハエの目玉をつぶす。ボンッと爆発して爆風で粒子が落とされる。さっさと根本へもどり慎重に服を脱ぐ。

    慎重に脱いでも何かの虫の破片で身体傷つくので傷薬を塗る。気休めに過ぎないことはわかっている。

    ダンゴムシの肉を焼く、せっかく水があるのでスープも作るか。と言っても飯盒に塩とダンゴムシの肉を入れるだけだが。

    肉は柔らかく、どこかクリーミーな感じがして上手かった。スープも結構いけるもんだ、今度香辛料も買おう。

    この日はマスクのフィルターを変え、ゴーグルを清掃し、ピンに毒を塗り込みそのまま寝た。明日はクワガタを探さなくては。

    翌日、防護服とマスクとゴーグルを装備して虫ピンとカンテラを持ってオパールの林を探索する。

    運良くプレシャスオパールの倒木を見つけることができた。コモンオパールの樹よりもクワガタがいる可能性は高い。

    赤色や緑色が一歩歩くごとに変化する道を行く。光が反射して空間を満たすので木の中は明るい。一応カンテラを持ってきたが必要はなさそうだ。

    クワガタは夜行性なので朝の内に仕留めるのが定石だ。

    見つけた。

    オパールの外殻をもつクワガタを前方に確認する。

    白色ではなく、プレシャスオパールの複雑な輝きを持ったクワガタだった。

    ひっそりと近づく、気づかれたら顎に挟まれて死ぬ。

    慎重にゆっくり、ゆっくりと歩を進める。狙うのは頭部と胴体の繋ぎ目、ピンを両手で強く握る。

    ここで気づかれたら死ぬ、そんな距離を少しづつつめる。

    狙いをつけてピンを突き出した。

    が弾かれる。寸前で気づかれた。翅が開かれ虹が生み出されるそれがクワガタの威嚇の姿だった。

    オパールを伝う光がクワガタの翅に流れ。その赤かったり緑だったりする目が僕を見る。

    逃げることはできないだろう。背中に担いでいた二本目のピンを握った。

    目の前で顎が開かれる。ここしかなかった。

    その口の中心にピンを突き刺す。顎が閉じられる。

    両腕の骨が砕けることを覚悟した、その後死ぬことも。

    だが、それ以上顎は閉じなかった。最初に外したピンの毒が少しは聞いていたのか、それとも二本目のピンが予想以上に深く刺さったのか。

    息をついて、クワガタを解体する。

    その夜、ダンゴムシのスープにクワガタがトッピングされた。

    泥臭くてまずかった。

    【投稿者: 3: 茶屋】

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    コメント一覧 

    1. 1.

      茶屋

      >なかまくらさん
      感想ありがとうございます。
      町の中の生活はもしかしたらどこかでまた書くかもしれません。自分でも気に入っています。

      >ヒヒヒさん
      感想ありがとうございます。やはり夏はクワガタでなければ!!
      世界観を想像するのも楽しいですね。読んで想像するのも書きながらするのも。

      >ミチャ寺さん
      感想ありがとうございます。確かに子供の虫取り見たいです。意外と大人も子供も変わらないのかもしれませんね。
      エレベーターってのはとてもよいパーツですよね。便利です。


    2. 2.

      キノ

      ビロードの道を歩くと、薄硝子の翅に光を受けて虹を作るトンボの群れがゴーグル越しに見えた。

      この一文、秀逸。こんな惹き込み方をしてみたいものです。わたしの知らない言葉をたくさん知っている。素敵ですね。


    3. 3.

      茶屋

      >キノさん
      感想ありがとうございます。
      この一文は七転八倒(ベッドで)しながら書いたのでそう言ってもらえて嬉しいです。


    4. 4.

      鉄工所

      食べ物は止めようと思いつつも、クワガタと言えばスイカだとかおもって、やっぱり食べ物書いちゃました。
      後から読みましたが
      うん〜此方のクワガタは美しすぎる。


    5. 5.

      けにお21

      8月。クワガタの季節がやってきました。

      そして、元祖クワガタ来た!

      そして、何と言う世界観!

      住民を上層、中層、下層で分けたところがリアル?

      実際に上層は上に、中層は中に、下層は下に住んでいる?

      それをエレベーターで行き来する?

      エレベーターチケットって何? 買うものなの?

      オパールの樹??? ネット検索したけど出てこないよ!! しかし見知らぬものに、人は「何だ何だ?」目を見開くもの。

      これら変なのが、世界観を壊しておらず、むしろ世界観形成に一役買っているところが凄い。

      また、細かいところだが、冒頭から「翅(はね)」なる常用外の漢字を使っているところも世界観形成に影響している。

      旧字や常用外を用いることが、世界観(雰囲気)作りに有効であることが証明されたような気がします。

      ストーリーは、何やら危険そうな昆虫採集から始まり、採集した昆虫を売って金にし、食料を買い、危険な昆虫採集に向かい、また危険そうな昆虫採集に奮闘する。

      ゲームのモンスターハンターを思い浮かべました。つまり、昆虫を倒すだけでなく、それで生計を立てているってところが、読者に漁師や猟師のようなリアルな職業をイメージさせ、空想に見える世界観を肉付けさせ、リアルにしている気がします。ここらもテクニックですねー。

      あと、昆虫採集ならぬ、昆虫退治の様子。

      読者にしっかりと、昆虫退治をイメージさせることができていると思います。意味が分からない緊張感もあったw

      文字で動きあるものを表現することはとても難しいですが、出来ていると思う。ここらはテクニックと言うよりも腕ですかね?

      本作には、いろいろなテクニックが散りばめられており、素晴らしい世界観を醸し出していると思う。

      流石の力量を感じました。

      クワガタへの並々ならぬ熱意も感じました。さすが元祖! クワガタ作家の第一人者に認定。

      最後に、今回の同タイトルの提案者なのに、一人だけ「クワガタのトッピングはじめました。」になっているところが笑えた! ここもテクニックですか!w


    6. 6.

      茶屋

      >鉄工所さん
      感想ありがとうございます。やっぱり夏はスイカですよね。食べ物は私も書いてみたいなぁ。夏と言えばやっぱりゲキカラかな?

      >けにおさん
      感想ありがとうございます。世界観の説明をせずに理解してもらえるように意識した結果です。
      クワガタ作家の第一人者という称号謹んでお受けしましょう。
      ちなみに題名は投稿したあと間違いに気づきましたが、こっちのがしっくりきているのでこっちでいきます(おい


    7. 7.

      なかまくら

      一文目で引き込まれましたね。
      ナウシカ観たくなりました。相場の話とか、リアリティを与えるのに一役買ってますし、狩る対象がクワガタなのもすごく自然な流れでした。もっと町での生活も読んでみたいなぁ、という、想像の膨らむ物語でした。


    8. 8.

      ヒヒヒ

      エレベーターの往復券、相場表、そしてクワガタの翅と顎の髪飾り……!
      世界観が行間の間に見え隠れしていて、とても楽しいです。
      やはり夏はクワガタでなければ!


    9. 9.

      ミチャ寺

      相場表にてクワガタの相場が高いことから、なんとなく子供の虫捕りの人気順を想起しました。
      虫ピンやエレベーターなどのファンタジックな世界観も流れるように頭に入ってきました。