なんでもない夏休み。
宿題の作文、一行の空白を埋められなくて、ほっぽり出してぶらぶらしていたら、背中をぺちと叩かれた。
おかっぱ頭に細い目の高校生、幼馴染の赤羽ミツキ。
「見て!」と言われて突きつけられたスマホには、美味しそうなかき氷の写真。青いシロップはブルーハワイだろうか。かき氷のコップの端にクワガタが取り付いていて、山を登ろうとしている。
「ノコクワじゃん。どこで見つけた?」
「うちだよ。綺麗な形してるだろ」とミツキは、細い目をにんまりさせて笑う。
「綺麗……?」
ミツキの趣味は、ちょっと変わっている。と言うかおかしい。
じいちゃんが駄菓子屋をやっているとか言って、夏になると毎回変なかき氷を試食させられるのだが、この前は「青汁味のかき氷」だった。思考回路どうなってんだよ。
俺はため息をついてソーダを飲む。かき氷にクワガタ。狙いは何だ。
「これ、トッピングなんだぜ」
盛大に噴出した。
「うそでしょ……」
「クワガタっておいしいらしいよ? エビに似てるんだって」
「お前はエビとかき氷を一緒に食べるのか?」
「あー、色を付けるとしたら、桜色?」
話通じねぇ。ほんとどうかしてる。
「そもそもなんでクワガタなんだよ」
「原価がタダだから」ミツキはどや顔で言う。
この村は山に囲まれた盆地にあって、だから虫はわんさといる。お茶碗に山盛りしてお替りできるくらいいる。
「誰が食うんだよ」
するとミツキは両手を握った。
「農家不足のこの時代、次に来るのは昆虫食ですよ! イナゴソフトもあるんだし、クワガタ氷があってもいいんじゃない!?」
「イチゴ味だけじゃダメなんですか」
「その場に留まるためには全力疾走しなければならない。私たちも進化しなきゃ!」
「悪化させてる気がするんですがそれは」
「だめかなー」ミツキはうなだれる。大きな桜の木の陰、風は湿気をはらんで蒸し暑い。
「ダメだろう」
「現物現場、ってことで、一回食べてみない?」
「命が惜しいので。安全第一なので」
「スライムの水炊きだってあるのにー。鎧を料理する人だっているのにー」
「それは漫画だろうが」
「はぁ」とミツキがため息をついて、スマホをショートパンツのポケットにしまう。手首の、切れかけたミサンガがちらりと見えた。
「うちの駄菓子屋、ちょっと傾いてるんだよねー。なーんかボーンと大当たりさせたいなー。クワガタのクッキーとかどうだろう。ミドリムシのクッキーはあるっていうし」
「お前は一度クワガタから離れろ」
「えー、良いじゃんクワガタ。あのツヤあのアゴあのカタチ……」
俺は黙って空を見上げる。怖いくらい青かった。
馬鹿げた思い出。
それはいつもと変わらない、いつか忘れてしまうはずの日だった。
そのはずだった。
それから15年後、テロリストの仕掛けた遺伝子攻撃により日本中の作物が壊滅、全国に飢餓の危機が迫る中、俺とミツキは藁にも縋る思いでクワガタ食を開発して、救国の英雄と呼ばれることになる。
だけどそんな未来を迎えることになるなんて、そのときは全然、これっぽっちも考えていなかった。
青い空に雲がどこまでも、どこまでも高く伸びていた。
コメント一覧
そのはずだった。それから、15年後、の時点でもう笑ってしまった。クワガタ食ね。いい意味でラスト裏切られた!!
ありがとうございます!!うぅうわーん(感涙
さて感想です。真正面からクワガタ食でくるとはヒヒヒさんの意気込みを感じますね。
顎を押さえているあたり流石です。
そして最後の展開、シュールでいい感じです。非常にクワガタらしい作品と言えるでしょう。
あっぱれです。
最後、すごいSF設定をぶち込んできましたねww
実はミツキと志を同じくする駄菓子屋の陰謀が遂に実った・・・とか、そんな妄想をしました。
同級生に必ずいますね〜
こんな感じの女子w
でも、根は結構真面目なんですよ、家の跡継ぎ考えたり…
夏休みらしい感じを楽しめました!
よくもまあ、コノ同タイトルを仕留めました。恐れ入りました。
コレ、前のクワガタ作からの、シリーズものとして売り出せるかも。
なんとか、理屈を付けようとしたヒヒヒさんの努力が垣間見えました。途中でほつれて、話が破綻するのではないか、とドキドキしました。
そう言った意味で、最後までヒヤヒヤとさせられ、スリリングな作品に仕上がっていると思います。
そのはずだった。からの急展開で正確にツボを突かれました(笑
なんだかんだで本当にクワガタ食の時代が来たあたり、真っ直ぐな思いは強し!って感じました。