同じ空の下で #1

  • 超短編 2,549文字
  • シリーズ

  • 著者: 秋水
  •  最近、僕は考えていることがある。
    あの頃は何故、あんなにも楽しかったのだろう。
    子供だったからだろうか。いや、違う。
     アイツがいたからだ。僕の好きだった、いや好きな子。
    唯一、この世界で僕が本当に愛した、いや愛してる子。
    名前は、上杉大和(うえすぎ やまと)。男勝りなその名前にピッタリな獰猛しs、もとい活発さ。

     大和にあったのは、中学1年の頃だ。入学式の日に僕は、車いすに乗っていて周りが白い目でみるなか、彼女だけは凛としていて僕をキチンと見てくれていた。
    僕は、そんな大和の瞳、姿にスッカリ心を奪われてしまって、思い切って話しかけたんだ。
    「あの、お名前なんていうんですか?」
     大和は、突然の問いにも何一つ微動だにせず、凛と答える。
    「上杉大和。」
     そう答えると、横目でじっと僕を見てくる。すると、彼女は続けた。
    「あなたは?」
    「僕の名前は、浅間一葉(あさま いちよう)。良かったら、僕と友達になってくれないかな。」
     突然の告白にも、大和は微動だにせず真摯に向き合ってくれた。
    「私に惚れたの?」
    「多分、惚れちゃったみたい。」
     大和はこの時初めて、くすっと笑った。
    「あなた、変わってるわね。」
     僕は、何故か顔が熱くなっていて少しどもった。
    「そ、そうかな。君のほうこそ若いうちからすごく大人びてるね。」
    「それはどうも。あなたの方こそ、すごく落ち着いてるじゃない。」
    「内心ドギマギだよ。」
     大和は、悪戯な笑みを浮かべて僕に言った。
    「惚れてる女の子と話してるものね」
    「からかわないでよ。」
    「ごめんごめん、それで友達の件だけど。」
     彼女は僕を真っすぐ見て言った。
    「よろしくお願いします。」
     僕は、心の憑き物がドッと洗い流され落ちていくのを感じた。
    「こ、此れがカタルシスって奴なのかな。すっごく楽しくなってきた。」
     大和は、困り顔で僕に言った。
    「よく分かんないけど、楽しいのは何よりね。」
    「うん、上杉さん此れからよろしく。」
    「ええ、其れで貴方何故車いすなの?」
    「僕って生まれつき体弱くてさ。そのせいだよ」
     大和の顔に憂いが生じるのを僕は見た。
    「い、いや、同情とかしなくていいから。僕元気だし。」
    「いや、そういう訳では無いのよ。じゃあ今日は此の辺で私失礼するね。」
     大和の顔は暗いままだった。
    「うん、わかった。ありがとう。またね。」
    「ええ、それじゃあ。さよなら。」
     さよならという言葉が僕の心に突き刺さった。
    (やっぱり、僕じゃダメなのかな。)
    彼女が去っていく姿を僕はただ車いすの上から眺めていた。

     それからの日々は、あまり話す機会がなくて、抑々大和が僕を避けているような節さえ見られて僕は何をすることもできないでいた。
    だって大和が僕を避けたいと思うなら、僕は大和の気持ちに添えたい。好きだからね。
    ただ、刻々と時間だけが過ぎていて、大和とは入学式以降話せないまま、夏休みを迎えた。

     夏休み初日、僕はいつもの病院に定期検診をしに来ていた。
    「先生、僕好きな人が出来たんです。」
     先生は、嬉しかったのか目を大きく開いて僕に言った。
    「本当か!? どんな子だ!?」
     僕はうつむきながら答えた。
    「わかりません。ただ、綺麗でかっこいいんです。」
    「なんだ、ひとめぼれか?」
    「いや、まぁそうなんですが一応話は出来たんです。」
    「ならいいじゃないか。」
    「でも、入学式初日だけで、それ以降会話がないんです。僕の体が弱いってことを言ってから彼女の様子がおかしくなっちゃって・・・。」
     僕は、不安を思わず吐露してしまっている事に気が付きもせず、ただ先生に不安を吐き出していた。
    「・・・そっか。どんな病気かとかは伝えたのか?」
    「いえ、伝えてません。何で車いす乗ってるの、と尋ねられたので答えただけです。」
    「そうか、其れでも彼女のことが好きなんだろ。君は」
    「もちろんです。」
    「なら、勇気を出してまた話しかければいいさ。お前なら、大丈夫だ。」
    「でも、避けてるみたいなんですよ彼女。嫌いな人から声をかけられて不安にさせたくないです。」
    「・・・なるほどな。けどな、一葉。お前の人生を救えるのはお前だけなんだよ。そのうえで、好きな人っていうのは途轍もない大きなカギになるんだ。」
     先生は僕に諭し続ける。僕は先生の言葉を聞き逃さないように、しっかり受け止めた。
    「相手のことを思いやるお前は凄い奴だ。けど、思いやって手放すのは自分を大事にできない愚か者だ。自分すら大事にできない奴が誰かを大事にできるはずがないだろ。」
     僕は、思わず感涙していた。
    「ほんとう、そうですね。先生、大好きです。」
    「ッフ、俺も好きだよ。一葉のこと。ホモじゃねえけどな、ハハ」
     僕たちは暫く笑ってると、僕の係りつけの看護婦さんが微笑ましそうに涙を流していた。
    「高橋さん、泣かないでくださいよ。」
    「笑っているんですよ。本当、良かったですね、好きな人が出来て。」
    「はい、今度いつ会えるか分かんないけど、楽しみでしょうがないです。」
     先生が割って入る。
    「ほっこりしてる所悪いが、俺はそろそろ次の診察にいく。一葉、またな。今度はその彼女もつれて来い。」
     先生の悪戯な笑みも、僕には何故か優しく見えて元気に返事をする。
    「はい。楽しみにしといてください。」

     この日の帰り道、僕はお母さんの車の中から空を眺めていた。
     なんて世界は綺麗だろうと僕は心を打たれていた。
    思わず口に出していたのだろう、お母さんが運転しながら僕に言った。
    「そうだよ、綺麗なんだよ。」
     お母さんがこの時、密かに泣いていたのを知ったのは車を降りたときのことだった。

     その日の夜、僕は家の中から窓を開けて星を眺めていた。
    次はいつ会えるだろう。もしも、彼女が僕のことを嫌いになっていたとしても僕の好意に嘘は無い。
    好意というものは、言葉、形にして伝えなくてはいけないことだと思う。
    何故なら、それをやめてしまえば誰かと分かち合うことができなくなるからだ。
    他人の心は分からない。ならば、分かり合おうと考える気持ちが此の世界から争いを無くして心の壁も無くしてくれる唯一の兆しなのでは無いか、と幼くして僕は考える。故に、僕は今度あったら彼女に思いを伝えよう。
    「はやく、会いたいな。」
    僕の言葉がぼんやりと星夜に舞う。

     この時、僕は確かに感じていた。
    ほんのりと、拳に光が灯るのを。
    そして、この次の日僕は大和に出逢ったんだ。



    【投稿者: 秋水】

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    コメント一覧 

    1. 1.

      けにお21

      とても良い話。

      彼女に真っ直ぐな主人公が素敵ですね。


    2. 2.

      秋水

      >>けにお21さん
      コメントいつもありがとうございます。
      いつも私の描く作品は、淀んでジメジメしている内容の作品が多かったので、
      できる限りクリアーな感じを心掛けて制作いたしました・・・。


    3. 3.

      なかまくら

      すごく純粋な気持ちになりますね。大和との会話が丁寧に言葉を選ばれていて、素敵です。
      大和は一葉に誰かの影を見たのかなあと思うと、励ましてやりたいですね。うーーん・・・続きが一寸見たいような見たくないような。。。