• 超短編 1,591文字
  • 日常

  • 著者: キノ
  • 荒廃した世界にわたしはいた。
    その中を、わたしはただ彷徨い歩いているのだが、歩いている間にも自分の身体が枯れていくのがわかった。
    わたしは死ぬために今歩いているのだと自覚しながら、ただ引きずるように足を踏み出す。
    だんだんと身体の力が抜けていく。ひゅうひゅうと喉の奥から異様な音がした。肺の腐った音だ。身体が毒に蝕まれていく。身体中から血が滲んできた。痛みはない。
    わたしは、立ち止まった。崖っぷちにわたしはいた。震えるような喜びに身を包み、それから一度涙して、足を踏み出した。数秒で身体が地に叩きつけられ、鈍い音と共に、骨や肉が潰れる。やはり痛みはない。
    ようやく自由になれた。わたしは、『生』を手放した。

    そこで、目が覚めた。ひどい夢だった。
    こんなにも穏やかな日常を送っているのに、なぜ残酷な夢を見るのか。不思議でたまらない。大変住みよいこの世界が、滅亡するなんてありえない。これから、もっと便利になっていくであろうこの世界。
    さぁ、今日も素晴らしい一日が始まる。わたしは、悠々と家の扉を開けた。

    目が覚めた。何とも、現実離れした夢だ。あんな平和な日常など、とうの昔に消失したと言うのに。
    あの頃を思い出した所で、何も変わらない。この荒んだ世界から、逃れる事なんて不可能なのだ。滅びたこの空虚な世界に取り残されたわたしが、辿り着く先は死のみ。あとは、死ぬのに相応しい場所を探すだけ。
    そうこうしている間に、大きくも枯れた老木が見えてきた。わたしは手にしていた縄紐を、足のつかない位置にある太枝へ引っ掛けると、首を吊った。頸部が圧迫されて、呼吸が出来ない。脳への血液が阻害され、視界がブラックアウトしてくる。苦しみはない。
    ようやく自由になれた。わたしは、『生』を手放した。

    目が覚めた。何と悲痛な夢だろうか。思い出すのにも気が引けるほどの夢だった。まるで世界が崩壊したような夢。こんなにも発展した世界で、あんな非現実的な事が起きるはずがない。馬鹿げた夢を見たものだ。
    さぁ、今日はこの世界を祝う盛大なパーティーだ。忙しくも、楽しい一日の始まりだ。わたしは、思いを馳せながら、家の扉を開け放った。

    目が覚めた。わたしは、息を吐くと苦虫を噛み潰したような笑みを浮かべた。このような絶望的な世界に置かれても、なお希望を絵に描いたような夢を見る。手に入るはずもない妄想を浮かべた所で、虚しいだけなのに。あたりには、朽ちた死体が無数に転がっている。珍しくも何ともない。
    もはや生き残っているのは、わたしだけかもしれない。それはひどく憂鬱な事だ。あぁ、だれか早くわたしを殺してくれまいか。
    けれども、そうしてくれる『人』がもういない。この世界には、わたしを殺す人間すらも。ならば、もうこうするしか方法はない。
    わたしは、集めた枯れ木を盛大なまでに燃やした。さようなら。この世界。煌々と輝く炎の中へとわたしは飛び込んだ。皮膚が焦げる臭いがした。髪の焼ける臭いがした。肉が香ばしく焼けていく。喉の奥に焼けた火箸を突っ込まれたように熱い。眼球が、耳が、手が溶けていく。悔いはない。
    ようやく自由になれた。わたしは、『生』を手放した。

    目が覚めた。いつになったら、わたしは本当に目覚めるのか。どうかこの悪夢から解き放ってくれ。もう懲り懲りだ。こんな無慈悲な夢を見せられたら、せっかくの幸福な日常が最悪なものとなってしまう。

    この頃のわたしは、どうも変だ。おかしな夢ばかり見る。破滅した世界で、死を求める夢。それが、やけにリアルで終いには、どちらが現実のものなのかすらも、曖昧になる。頭痛がする。今日は、家で休んでいたほうが良さそうだ。窓を少しだけ開けて、ベッドへ横になればきっと良くなる。夢の事も、すぐに忘れるだろう。次に見る夢が、この世界と等しく、どうか平和でありますように。

    それにしても、微かに感じるこのすえた臭いは気のせいだろうか。

    【投稿者: キノ】

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    コメント一覧 

    1. 1.

      けにお21

      お久しぶりです。さて、僕は東京さ行ってきましたよ。ランドで不気味な青い棒も食べましたよ。それはとても不味かった。また、キノさんとも遊びたいですねー

      さて、本作。手を替え品を替えての悪夢の繰り返し。

      僕も覚えている夢は悪夢が多いですね・・しかし、僕の場合、不思議と夢では死なない。夢の中では一応無敵のようです。

      ループ作品も楽しいですよね。大昔、ループをテーマにして皆で書き遊んだことがありました。ここでイベントとしてやっても面白いかも?

      また、最初の「肺の腐った音」だとかが書かれているので、てっきり煙草のせいでのちのち苦しむ作品かと思ってビビった。後を読むのがこわくなったw でも、勇気をもって続きを読んだら、そうじゃなくってホッとした。いい加減、止めなきゃなって思っている。(いったい、今の僕は誰と喋っているのか?)

      最後も、切れてるけども、おそらく悪夢が続くのだろうなあ~。
      それでこそループ作品だ!


    2. 2.

      キノ

      ひひひさんご無沙汰です。他作者さんのコメントもせず投稿だけしてすみません。お元気そうでなにより。夢ループ的な展開、よく小説で見かけますが、一度書いてみたかったのです。
      そう、今ある幸せのなかに香る負の予感。薄気味悪さを残したまま終わるってやつです。コメント感謝です。


    3. 3.

      ヒヒヒ

      キノさんこんばんは。
      この幸福な世界は現実なのか? 主人公はそんなことを考えながら生きてるんだろうな、と感じました。
      あるいは逆に、幸せ過ぎるがゆえに不幸な夢を見ないと幸せを感じられないとか。
      そうだとしたらなお怖いですね。


    4. 4.

      キノ

      いいなぁ。私も遊びたいです。県外はなかなか行けないので、悔しいです。けにおさん、相変わらず煙草をwやめられない?それとも敢えてやめない?
      ここは新人さんたくさん増えてますね。サイト新しくなったし、メンバーも増えて嬉しいかぎり。でも、同タイトル参加できてない!短編ってほんと奥が深いな!!