• 超短編 757文字
  • 日常

  • 著者: 古賀
  •  天気雨が降っていたけれど、天気雨という言葉も、狐の嫁入りという言葉も、しっくりとはこなかった。
     僕は折り畳み傘を開いて、営業用のスーツを守る。
     そのまま住宅街をあちらこちらと歩いていった。
     どこもかしこも晴れているのに、ただ雨粒だけが傘の布を叩く。
     どうにも妙な心地がした。恐怖でも危機感でもなく、ただ違和感。
     角を曲がってまっすぐ行けば、きょう訪問する予定になっている一軒家が建っているはずだった。
     そのとおり、角を曲がった。
     瞬間、ふわりと舞い上がった、白。
     驚いて目を見張る。
     白は、服の、ワンピースのスカートの生地だった。
     着ていたのは、十歳程度の童女。
     童女はこちらに気付いていないのか、愉し気に、実に愉し気に、雨の中くるくると踊るように回っていた。
     スカートを閃かせ。細い両腕をいっぱいに広げて。
     髪に、肌に、水が降る。透明に煌めいて、弾けるように散る。
     悟りがあった。
     天気雨も、狐の嫁入りも、しっくりとはこなかった。
     これは、この少女のための晴れと雨なのだ。
     僕が感じたのは、自由、そのイメージだった。
     回る少女は愉快そうで、そして眩くうつくしかった。
     僕にはとても真似など出来やしない。
     しばし見蕩れていた。童女がこちらに気付くまで。
    「あ」
     彼女が発したそのひとことで、今まで見ていた世界は、閉じてしまったように思えた。
    「な、ないしょだよ? わた、わたし、こういうお天気好きで、くるくるしたくなっちゃうんだけど、おかあさんたちにおこられるから、」
    「……うん」
     言えるものか。あんな眩い瞬間を、誰かに分けてやれるものか。
    「じゃあね!」
     童女はサンダルで走り去ってしまった。一本道の、突き当たりの家に向かって。
     僕は、ああ、と溜息をついた。
     こういうのは幻のように一瞬だから浪漫なのに。
     今から僕があの家に行く目的は、ひとり娘の家庭教師業務の遂行なのだ。

    【投稿者: 古賀】

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    コメント一覧 

    1. 1.

      けにお21

      主人公はその子の家庭教師だったのですね。

      子供の一瞬のまぶしさってありますね。

      そういや最近、その系のまぶしさをとんとお目にしていないな。

      本作で久々に(想像上で)味わえました。


    2. 2.

      なかまくら

      幻想的な感じで進行して、現実に戻される。
      で、終わってみて、なんでこのタイトルなんだろうって・・・
      あとに残る感じのお話ですね。