最後の音 上

  • 超短編 958文字
  • シリーズ

  • 著者: 参謀
  • 音が聞こえた。
      その音は、上品な音ではない。粗末な木の机の音だった。しかしその音はリズムよく弾くかれ耳に気持ちよく響く。
      ヴィルム・ホーゼンフェルトは、使い古されたベッドに寝ていた。
      ヴィルムは自分の右手を上げ見た。細きった右手。その後に粗末な囚人服の袖が続いてた。その右手を見て自分のに手に苦笑した。
      まだ音が聞こえる。それは自分の為に向けられてるのかわからない。ただ、自分の耳の中だけに響いている。
      それは、幻聴だと分かっていた。自分は、精神に異常をきたしている。
      ゆっくりと右手を下ろす。今は、それがやっとだった。
      過酷な労働で、何度も脳卒中になり倒れた。それでも働かされ、やがて体が動けなくなった。
      戦争が終わりソ連の捕虜になった。不当な裁判で戦争犯罪人となり25年の労働刑が言い渡され、収容所で入れられた。
      その結果が、ヴィルムがこの戦争で行った行為の代償なのかわからない。
      ドイツ軍人として祖国の為に戦った。それを誇りに持っていた。
      戦争が始まる頃は、自分はナチスの思想に酔っていた。それが安酒の酔いと分かったのは戦争始まってからだ。

      1941年にポーランドのワルシャワにスポーツ施設の責任者になり、ワルシャワでのナチス親衛隊の行動を見て、一気に酔いが醒めた。

     執拗なユダヤ狩り・無慈悲なポーランド人の対応

     なぜ、そこまでやる?
     同じドイツ軍人として怒りが来た。しかし、それは無意味な怒りと分かった。 彼らも自分と同じ、ナチスの思想で動いている。それが分かり自分の酔いが醒めた。
      偶然にナチス親衛隊の追われてるポーランド人を施設に匿った。
      それからだろうか?
      ワルシャワの人から交流が生まれポーランド語などを教えてもらったりした。
     25年の労働刑がもし値するなら、それはナチスに酔っていた自分がいたという罪だろう。

     天井を見る。天井もベッド同様に薄汚れたレンガが無機質にあった。

    「シュピルマン」

      ヴィルムは呟いた。同時に、耳から音が止まった。

    「あの曲を弾いてくれ」
     
     自分が何を言ってるのか分からなかった。しかし、あの曲が聞きたかった。
     一瞬の沈黙の後に小さい音が鳴った。
     そうだ。あの曲だ。自分が無理に弾かせた。しかしお前は怯えながらも机をピアノに見立てて弾いた。
     天井が変わった。あの部屋が見えてきた。 ワルシャワ蜂起の時にあの部屋でシュピルマンと会った。


     

    【投稿者: 参謀】

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    コメント一覧 

    1. 1.

      参謀

       昔書いた戦場のピアニストでシュピルマンを助けた大尉を主人公にした短編になります。