初平2年(191年)梁県の陽人城付近
矢が流れて来る。それを矛で叩き落とす。また矢が来る。それも叩き落す。
数えきれない矢が飛んでくる。後方からも矢が流れる。お互いの方から矢が撃たれていた。
自分では把握できない。しかし、自分に向かってくる矢の動きは分かる。流れる矢と同じく、自分も走っている。周りも同じく走っている。
矢が飛んでくる。自分に向かってこないことが瞬時に分かった。その矢は隣の男に向かっていた。
隣の男が、苦しい声を挙げた。矢は喉に当たり血が吹いた。
その血の一部が、自分の頬に掛かかったのだ。
矢に当たった男は地面に倒れたが後続達の男に踏まれた。走りながら横眼でその男の最後を見た。
これが戦場
弱気になってる自分を励ますように頬に掛かった血を指先でつけ舌で舐める。
矢が飛んでくる。叩き落とす。それを繰り返す。やがて眼の前に人の群れが近づいてくる。
掛かれ!!
後方から声が聞こえた。
父の声だろうか? しかし、今はそれを気にしている暇はない。
周りが一気に走り始めた。自分も合わせて走る。軽い走りだった。体力だけは人一倍ある。それだけ鍛錬をしてきた。
前の人の群れと距離が縮まる。矛を強く握りしめた。周りが声を出し始める。
二つの人の群れが絡みついた蛇のようにぶつかった。
目の前は敵。
それを確かめて、手に持ってる矛を構え眼の前の人の群れに突き付けた。
敵と定めた者も同じく矛を自分に突き付ける。自分は流れ込んできた矛を横に避け矛を相手の喉元に突き刺した。
そしてすぐ抜く。相手は前に動きそのまま地面に倒れた。
それでいい
父の声が聞こえた気がした。全身に鳥肌がたった。これでいいのだ。人を殺した事は初めてではない。
賊の討伐などでそれなりに慣れていた。
初めて賊の人を斬ったときに全身が強張っていた。しかし、背後から父が「それでいい」と大声で言った。それで強張りがとれた。
さらに他の敵兵が、矛を突き付けてくる。引き抜いた矛で捌き、そのままもう一方の腕で敵の眉間に拳を打ち込んだ。
敵は倒れる。矛を捨て腰に佩いていた剣を抜き、倒れた敵の胸を突く。敵は意味不明な言葉を吐き、口から血を出した。
胸から剣を抜く。相手の胸からは血が滝の様に吹き出す。剣には血が流れ落ちていた。
自分は剣を一瞬だけ見た。これから多くの血を見るだろう。
それは何を意味するのか? 自分には今は分からない。
父はその意味を知ってるのだろうか?たぶん知ってるが、その意味を教えてくれない。敵がまた近づく。自分は敵と味方の交わる中にいる。
剣を振るう。その度に敵が倒れる。馬が見えた。この敵部隊の指揮している者だろう。
自分は、その馬に乗っている男に向かった。その間に敵がいた。また剣を振る。敵の体から血が吹き出し倒れる。
馬上の男が、異様な顔をしていた。
相手から見れば、ただの敵一兵卒が剣・一本だけで、味方の兵達を血祭に上げながら自分に向かってくる事に。
一人の敵兵を斬り伏せた。馬上の男の顔を見る。はっきりと見えた。
男の顔は、怒声を上げながら顔を赤くして剣を抜いていた。
馬を見た。馬も自分を見ていた。目が合う。この馬は、自分を見てどう思っているのか?
次に乗せる男は俺だ。
自分の目で馬に訴えた。馬の目は、自分に興味無さそうにすぐに目を離した。自分もいつまでも馬を見続ける余裕はない。すぐに馬上の男の方を見る。
馬上の男が、自分に向けて剣を振り落す。自分も相手に向けて剣を力を限り振りかぶる。
剣が重なる。
馬上の男の剣が後ろに飛んだ。自分が振りかぶった剣が相手の防具ごと体を抜ける。
男の体から血があふれ出した。自分は、踏み込んだまま反転した。その時は、馬上の男は地面に沈んでいた。
「よし!!」
この戦場に入って、初めて声を出した思った。そのまま主の無くなった馬に乗る。
乗る時は馬は抵抗しなかった。片手で手綱を握り、もう片手で剣を振り降ろし、敵を斬る。
自分が倒した男はこの周辺の指揮官のだろうか?敵が混乱してる風に見えた。それと同時に味方の動きが良くなる。
「我が名は、江東の虎・孫文台の子・孫伯符である!!」
大きな声で叫んだ。一瞬の沈黙が来た。
次には味方の歓喜が起こり、敵方からは微妙な声が聞こえた。
これでいい
自分に言い聞かせた。これが、自分の初陣のやり方。
「これでいいんだ!!」
また大声を挙げた。そのまま味方の方に向け馬を進め剣を振り降ろし敵兵を地面に沈める。
孫伯符 16歳 初めての戦果と思った。
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