子供の頃、花屋を夢見ていた。
* * *
「良臣さん。生花の仕入れ終わりました。」
部下の笹田が汗を拭いながら報告に来る。俺が営む花屋に限らず、世の花屋は意外にも力仕事が主である。
「お疲れ、笹田。暑かっただろう。裏で少し休んでおけ。棚には俺が移しておく。」
笹田はうちの花屋に勤めて2年。女ながらに力仕事でも手際よくこなし、接客や手入れなどの手順もすでに頭に入っている。
「いつも悪いな、笹田。力仕事は俺に任せろと言っていたのだが、結局頼ってしまって。」
「いえいえ。私も憧れの花屋さんになった以上、どんな仕事もできるようにならないと。」
笹田はガッツポーズを見せてやる気をアピールしてくる。実際仕事中の目は輝いており、如何にこの仕事に憧れていたかを物語っていた。
「でも、正直に言ってちょっと意外でした。小さい頃はお花に水をあげて、花畑みたいなお店の中で過ごすだけだと思っていましたから。まさかこんなに力仕事の比率が高いとは。」
少し照れながら語る。気恥ずかしくなり気分を変えようと思ったのか、手にしていた飲料水のペットボトルを一気に空けた。
「小さい頃って、お前そんな昔から花屋になりたかったのか?」
「幼稚園児の頃から、将来の夢は一貫してお花屋さんでしたよ?高校生のときはさすがに、友達や両親に笑われましたけどね。いつまで子供みたいな夢を見ているんだって。」
「フッ、まあ俺がお前の友人でもそう言うだろうな。」
店長が言ってどうするんですか、と笹田は苦笑する。
不思議なものだ。こうして現実に大人が働いている職業でも、現実味のない子供の夢と認識される。
無論、公務員などと比べれば給料は安く安定もしない。だがこのご時世、どの仕事も不安定なのは同じことである。
「何故かこの世は、夢の中で老いることに寛容ではないな。そこまで悪いことでもなかろうに。」
「良臣さんは、夢の中にいるんですか?」
「そうだな。夢の中で生活して、今や立派なジジイだ。」
そう考えると、俺の人生は案外恵まれたものだったのかもしれない。
「良臣さんも、花屋になるのが夢だったんですね。」
「ああ。男が花屋を夢見るのも変な話だがな。お袋が、花の好きな人でね。よく道端の花を見つけては、名前や花言葉を教えてくれていた。花ってのは言語が違えど込められている心は同じだ。その一輪で的確に心を伝える。そんな美しさを教えられたおかげかな。いつの間にか花屋を目指して、いつの間にか花屋として年をとった。」
「夢の中で老いることができるって、なんだか、良いですね。…うーん、なんというか、そうじゃなくてですね。」
笹田は言いたいことがうまく言葉にならないことに悶絶する。
そしてそっと手元にあったクチナシの花を突き出した。
「ハッハッ、そうか。そいつは良かったな。」
クチナシの花言葉は「幸せ」である。
コメント一覧
お花屋さんって憧れますね〜
でも、確かに経営面では薄利で厳しいのかも。葬式があると潤うのかな?実際のところは何も知りませんが。
夢の中に居て、そのまま老いることは、他の大人から見ると「もっと大人になれよ」と言いたくなるのかな?
本人がそれで満足ならそれでいいですよね!
僕には夢老い人は、素敵な人だと思えます。
けにおさん、コメントありがとうございます。
お花屋さんは冠婚葬祭での仕事が多いイメージでした。
子供の頃に「○○になりたい」と言って実際になれる人って、実は案外少ないんじゃないかなぁと思って書きました。
茶屋さん、コメントありがとうございます。
夢の中で老いることができる幸福、それが幼少期からの夢であれば尚更だろうと思います。その実現の可能性が少しでもある世の中であって欲しいと願いました。
くぅー。いいですね。夢の中で老いるというのは人の究極的な自己実現なのかもと思いました。
こんな人たちを見つめ続けたいと本当に思います。