私は、魔法使いに拾われた。
* * *
私はどこへ向かって歩いているのだろう。真夜中だから、とても暗い。森だから、明かりも見えない。曇っているから、月も出ていない。フラフラと、あてもなく。
歩けなくなった。地面が冷たい。ひんやりとした落ち葉が頬に当たって、どこか疲れも和らいでいった。
* * *
温かい。毛布のようなものに包まれている感覚。私はゆっくりと目を開けた。
「目が覚めたかね?」
男の人の声が聞こえる。落ち着いた、おじいさんの声。声の先には、長い白髪をまとめた初老の痩せた男がいた。
「どこか痛いところは無いかな?体をひと通り動かしてみるといい。どこかに異常があったら治さなければ。」
ぼんやりとした目で男性を見つめていると、男性はあわてて言葉を続けた。
「も、もしかしてかなり遠くから来たのかね?参ったな……遠方の言語はあまり得意では無いのだが。」
落ち着くためだろうか、傍らのコーヒーに手を伸ばしてひと口飲んだ。
「おじい……さん……」
「おお、良かった。とりあえず会話は出来そうだ。さて、なんだい?」
「ここは……どこ……?」
「ここは、私の家だ。研究所でもあるし、診療所でもあるかな。」
少し見回すと、木組みの壁や天井が見えた。そして奥には暖炉がある。そこそこの広さだった。
「ああ、そうだ。君の名前を聞かなければいけないね。お名前は何というのかな、お嬢さん。」
「私……私は……リヒター……」
「リヒター……『光』という意味か。良い名前だ。」
男は私の名前を聞くと、立ち上がって近くのテーブルまで歩いて行った。そして何かのスープを皿に注ぎ始めた。
「おじいさん……は……なんて……いうの……?」
「私かい?私はセージ。この村で……まあ、特殊な医者をしている。」
セージと名乗る初老の男は、職業について少し言い淀んだ。
「寒かっただろう。君が村の外れにある森で倒れていたのを、村の人間が見つけて運んで来たんだ。」
そしてセージはスープを持ってきて、私に差し出した。
「これは薬膳料理のスープだ。飲みなさい。」
言われるままにスープを飲むと、体の芯から徐々に体温を取り戻していくのを感じた。それだけじゃない。体の痛かったところも少しずつ、痛みが引いていった。
「……魔法みたい…………。」
セージはその言葉を聞いてあからさまに動揺した。
「そ、そうだね。たしかにこの薬はまるで魔法のように効く。」
「……おじいさん、魔法使いさんなの?」
「……………………」
もう言い逃れできないと感じたのか、セージはこっくりと頷いた。
「……私と、おんなじだ。」
「君も……魔法使い、なのか。……なるほど、合点がいった。」
私は、魔女狩りから逃げてきたのだ。どこにいっても、魔女は不吉な存在とされていた。逃げて、逃げて、その先で、セージに出会った。
「……ここに住むといい。この村の者たちは皆、古来より魔法使いと共存する者たちの末裔だ。」
「魔女も……いて良いの?」
「ああ、むしろ歓迎されるだろう。彼らは魔法使いが大好きなんだ。」
* * *
私は、セージに弟子入りした。セージは魔法について教えてくれる前に、私にある質問をした。
「リヒター。君は今まで魔法を使ったことがあるかい?」
「うん。1回だけ。」
セージは少し何かを考える素振りをして、さらに質問をした。
「そのとき、何か自分の身に変化はあったかな?」
「……お腹が減った。」
セージはそれを聞くと、目を丸くした。そして、クスリと笑った。
「そうか、じゃあ魔法を使う前に食材を買いに行こう。」
魔法を教わって、空腹を満たして、また魔法を教わって。笑って、たまに怒られて、でも温かくて。
ずっと、ずっとこんな日が続くことを、私は願った。
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