一攫千金

  • 超短編 3,191文字
  • 祭り

  • 著者: 1: 9: けにお21
  • 「金金金」

    そう頭の中で念じながら、仕事を終えた西山 利成 は電車で揺られていた。

    今日は給料日で、待ちに待った小遣いの受給日だった。

    利成の、普段の小遣いは、毎月三万円で、毎月足りなかった。
    あともうニ万円。合計五万円の小遣いがあれば、もっと自由に遊べるのだが、そのプラスアルファのニ万円が無いために、基本、職場と家との往復しかできず、冴えない毎日を送っていた。

    利成は小遣い三万円のうち、半分は昼メシ代に使い、残る半分は、月に二回ほどの同僚との安居酒屋に使った。
    同僚との居酒屋は、上司の愚痴や、客の悪口を互いに言い合うためで、利成にとって精神衛生上、必要な会合であった。同僚との赤提灯は、心の病気にならずに、働き続けるための必要経費だった。
    しかし、そうすると、残金は無くなり、毎月、給料日前の財布は、ほとんど空っぽだった。

    「ただいま」

    利成は、玄関でビジネス用の黒靴を抜き、居間に行く。

    「おかえりなさい」

    LDK(リビングダイニングキッチンの略)の台所エリアに立つ妻と、リビングのテレビの前の娘から、同時に声をかかった。

    40年ローンで買った少し郊外のマンションは完全に背伸びで買ったものだ。
    計算上、利成は住宅ローンを、75歳まで支払い続けなくてはならなかった。無理して良いマンションを買わなければ、妻と子一人の3人暮らしなので、もっと余裕のある生活が送れたはずだが、毎月のマンションのローンが重くのしかかっていた。

    利成は、リビングで仕事用のくたびれた黒鞄を置き、ネクタイを緩めた。

    テレビの前に陣取った小学生の娘の梨花はテレビに釘付けだ。しょうもないお笑い芸人の番組を見て、ケラケラと笑っている。

    このアホ面を見ていると、将来、ヤンキーやらギャルになるのではないか?と、思わず心配になる。

    将来、髪を金髪に染めた兄ちゃんを連れてきて、「私たち結婚します。直樹、今はまだ仕事がなく、稼ぎがないけど、お腹の子供のために、一生懸命に働くって、言ってるの!明日から直樹を家に連れてきて、一緒に住みます。ねえ、良いでしょ? 親として協力してくれるよね。」だとか言い出すのではないか、と冷や冷やする。

    その娘の手元にはキッズ携帯がある。今時、学校の連絡網などもキッズ携帯宛に送られてくるそうだ。また、梨花のクラスでキッズ携帯を持たない者はおらず、梨花へのイジメ防止のためにも、携帯を購入せざるえなかった。

    「あなた、もし梨花が誘拐にあったらどうするの? 少し高くてもGPS付きのオマモリ携帯の方が断然いいわ」

    妻のこの一言で、通常よりも高いワンランク上の、毎月1,500円のオマモリ携帯の出費が決定したのである。

    キッズ携帯は、通常のスマホよりは格安て、許容範囲と言えるが、自分が子供の頃には無かったものであり、利成からすると、今ちょうど1500円程度しか財布にはお金が入っていない訳で、我が子ながらに、贅沢で、羨ましく思えた。

    何はともあれ、将来、有望な娘のためだから、仕方がない、と利成は無理矢理合点させ、買い与えたのである。

    食卓のテーブルに目を向けると、コロッケらしきものが並んでいた。
    妻は時折、パートの帰り道で、精肉店「くろうし」のコロッケを買ってくる。
    そして、給料日には、「くろうし」の上級のコロッケである「クロッケ」が並ぶ事がある。今日は給料日。おそらくテーブルのは、香りとカタチからして、黒牛を使った一つ200円の「クロッケ」であろう。一つ70円のオーストラリア産牛肉の庶民コロッケとは匂いが違う。

    利成は、テーブルにつくと、早速コロッケを頬張った。噛んだ瞬間、口内で、肉汁が溢れ出た。
    睨んだ通り、やはり上級のクロッケだ。
    庶民コロッケでは、こんなに肉汁が溢れ出ない。コレは、クロッケで、間違いなさそうだ。
    今日が給料日だと知っていた妻の美希の計らい、もとい、気遣い。給料日なので、奮発したのだろう。

    利成は、嫁の美希、のことを旦那思いの出来た嫁だと査定した。

    だが安心はできない。利成は念のため、美希にこう聞いた。

    「今日は給料日だ。お金は下ろしたかい?」

    クロッケに舌鼓を打ちながら、利成は妻の美希に、優しく尋ねた。

    「下ろしてきたわ。後で、今月分渡すわね。」

    利成はホッと胸を撫で下ろした。

    上級コロッケのクロッケの夕食を終えた利成は、妻の美希から今月分の三万円を受け取ると、そそくさと財布にしまった。財布の中身は、札だけで3万3千円となった。金銭的に死に掛けていた利成は、息を吹き返した。イライラやらストレスが薄らいだ気がした。

    美希「お風呂沸いてるわよ」
    利成「サンキュ、入るよ」

    脱衣所、兼洗面室で、服を抜ぎ、浴室に入る。

    ザブーン

    「はーあ、気持ちー。今月も、よく働き、よく耐え、よく頑張ったぞ俺!しかし、その報酬が三万円か」

    バシャ

    利成は湯船の湯を両手ですくうと、顔に覆い、顔の皮膚を擦った。

    利成は、ギラリと、鋭い目付きになった。

    利成は年とともに、多少は給料が上がったが、最近、コロナのせいか、ロシアのせいか、よく分からないが、とにかく世の中の物価が上がり、そのため、妻からもらえる小遣いは据え置きの三万円のままだった。

    「時間はあるのだけどなあ」

    国の方針である働き方改革だとかで、利成の会社も、残業に制限がかかり定時には帰れるようになっていた。
    年休も年に5日間以上取る事が求められるため、以前は毎年切り捨てていた年休も捨てずに取れるようになっていた。

    つまり、利成は、遊ぶだけの時間はあるが、遊ぶだけの金がなかった。
    利成は、以前より増えた自由時間を、有意義に過ごすために、もっともっとお金が欲しかった。
    やるせない毎日を、溜まりに溜まったストレスを、存分に発散したかった。

    「まあ、欲を言えばキリがないが、贅沢は言いまい。小遣いの三万円は美希からいただいたので、コレで急場は凌げる。とりあえず、一安心だ」

    お小遣いが入る前の三千円ぽっちでは、もし仕事関係で、香典が必要になった際に、困る。
    30を過ぎた大の大人が、急に入った葬儀に、「お金がありません。香典出せません」では、格好が付かない。でも、無いものは無い。

    利成は、お小遣いが補充され、一時的に、そう言った緊急事態◦非常事態、を避けられる事に、ひとまずは安堵し、顔を綻ばせた。

    ザブーン

    「さあ、上がろう!そして寝よう! 明日という日のために」



    そして、翌日。



    利成は、仕事帰りのいつもの道で、いつもの店を、見た。

    そのいつもの店は黄色だった。

    この店は、もしかすると、今三万二千円の所持金を、数百万円に変える事も可能な店だった。

    利成は、毎月一度だけ、決まって給料日の翌日に黄色い看板のお店に行く事にしていた。

    利成は、勢いよく黄色い看板の店に入った。

    そして、一縷の望みを賭けて、買った。
    500万円に化けるかも知らない、スクラッチ2枚を。

    さっそく、利成は、黄色い店のテーブルで、スクラッチを擦った。

    ガリガリ

    買った2枚のスクラッチの小窓を、10円玉で、懸命に擦った。
    しかし、削り終えた2枚のスクラッチは、いつものとおりの結果だった。

    1枚は外れで、もう1枚は200円分の当たりであった。

    「やったー、当たったー」

    利成は軽くガッツポーズを取った。

    利成は、1枚200円のスクラッチカードを2枚買ったので、400円の支出。対して、当たりは1枚で、200円の収入。

    つまり、実はトータル収支200円の損失だが、不思議と当たりを引き当てたので喜んでいる自分がいた。また利成は、負けた自分を、自らの言葉と偽りのガッツポーズで、慰めたのだった。

    利成。

    いつもは、普段は2枚削って、そして諦めていた。

    しかし、この日の利成は一味違った。

    利成「あと、もう1枚くれ。同じスクラッチカードを!」

    利成は、200円の当たりを引いて受け取ったばかりの百円玉二枚を、コロナ対策のアクリル板で仕切られた向こうのお姉さんに向けて、静かに差し出した。

    【投稿者: 1: 9: けにお21】

    一覧に戻る

    コメント一覧 

    1. 1.

      けにお21

      限界積読さん。

      すんませーん!!

      つい出来心で。


    2. 2.

      なかまくら

      限界積読です。
      ちょっと待ったぁぁぁあああ!笑
      いい感じで進んできたのに、突然の作者登場!!笑
      シャラップ! で終わる強引さ!!!笑


    3. 3.

      ヒヒヒ

      魔女の弟子です。
      続きの展開、チャレンジしようと思いましたが
      三月の同タイトルもまだ思いつかないのに、そんな話思いつかない!
      特に兎(卯またはウサギも可)が難しいですよね。
      落ちは彗星を地球に落とす爆発落ちで一撃なんですが……。

      閑話休題。本編は少ないお小遣いをやりくりするお父さんの話で
      本当にこう言う暮らしをしている人いそうだなあ、という現実味を
      感じました。


    4. 4.

      茶屋

      缶詰です。
      なんでやねーん。とても、読ませる導入でした。
      続きが気になるなら自分で書くしかねぇ。祭り独特のこの締め切り感が癖になる。
      誰かが書いたのか自信がありますねえ。