気が付くと、アオハは、暗い部屋で目を覚ました。
「ごきげんよう」
「誰っ?」
「私です。ゼブラです」
アオハは微睡から覚醒して、思い出す。私は攫われたのだった。
「私に何か用、なのよね?」 アオハは強がってみせる。
「・・・ええ」
「なんなの? 売り飛ばすつもり、じゃなさそうだけど」
「あなたが狸と人との合成種であることよりも、あなたのその頭脳の明晰さは価値があるのですよ。ふわもわの道具はあなたの作品でしょう?」
「そうだけど・・・」
「あれを私に提供してもらいたいのです。ふわもわにそうしていたように・・・」
ゼブラはにっこりと機械仕掛けの仮面を笑わせて、「あ、正当な対価は払いますので」と付け加えた。
※
アオハがいなくなった。
ある夕暮れのことだった。近くの商店に夕食の買い出しに行って、帰ってきたらもぬけの殻だった。ふわもわは、しばらく探し回り、ソファにどっかりと腰を下ろした。それから、天井を見上げて、そこに書かれた文字に気付く。「HELP」
案外、間抜けなもので、夜でもなければ、人は天井を見上げないらしい。・・・いや、連れ去られた後に機械で描かれたのかもしれなかった。白い面を着けたふわもわの中に、ふつふつと怒りがこみあげてきていた。ゼブラと名乗るあの男に・・・ではなかった。一瞬、頭をよぎった思考とそれを考えた自分自身に対してだった。
※
「わかってたまるか! 俺の気持ちが!」
その扉を開けると、アオハとゼブラがいた。アオハの前には何かの装置が見えた。
「これはこれは、ふわもわさんじゃないですか。無事だったんですか、ここにたどり着いたということは」
「ああ、庭の散歩と変わらない、実に簡単なルートだったよ。銀行の金庫をこじ開けたし、大統領府の時計塔のダイヤもしっかりここに、証拠としてある」
「素晴らしい・・・。やはり、あなたは私の思った通り、最高の怪盗ですよ」
「ああ、そうかよ。そりゃどうも」
ふわもわは、満身創痍だった。白い面はひび割れ、その隙間から流れ落ちて乾いた血で黒く染まってもいた。いつも、糊のきいた服で登場するふわもわが、転がって擦れて糸が綻んだ服をまとってそこに立っていた。
「どうしてそこまでしてくれるの。・・・私、拾われただけじゃない」 アオハの口を思わずついた言葉。ゼブラに言われたこと、その通りだった。アオハは、拾われたモノだった。そんなアオハをゼブラは必要としてくれているという・・・人として。いつかは独り立ちしないといけない、なんて当たり前のことで、ちょっと強引だけど、そのいつかが、この時だったのだ、と思ってみたりもした。
「アオハくん、君の手で引導を渡してやりなさい」 ゼブラはそう言って、装置のスイッチをアオハの手にそっと渡してくる。
「なんだよ、それは・・・」
「君がこれまで培ってきた技術を私が回収するための装置さ。君の経験、知識、そしてアオハさんとの思い出も・・・すべて忘れる。代わりに、君には素敵な経歴を贈ろう。君は、平凡な家庭に生まれて、平凡な生活をしてきた。そして、郵便事務所で郵便物の分別をする仕事をしているんだ。毎日、毎日、正しいことを繰り返すんだ。どうだい、素晴らしい生活だろう?」
「ふざけるなっ!」 ふわもわは、機械仕掛けのグローブで壁を殴りつけていた。鉄の柱がぐにゃりと歪んだ。
「おおっと、恐ろしい。でも、君が無理をして、怪盗業を続けていることを私は知っている。ずっと見ていたからね」
アオハは、その言葉にふわもわの白い面の顔がぐにゃりと歪んだような気がした。
「ああ・・・そうかもしれない。いや、たしかにそう“だった”。一瞬でも思った自分がいたことも事実だ。アオハが急にいなくなって、「これで、楽になれる」って・・・。でも、今は違う。思えば思うほど、そうじゃなかった。大切だったんだ。一緒にいた時間も、仕事でサポートしてくれたことも、何もかもが・・・。だから、そう思わせてくれたあんたには感謝していなくもないんだ。・・・おとなしく、アオハを返してくれ」
言い終える前に、アオハはゼブラの傍から飛び出していた。
「なっ、えっ・・・!?」
「賭けは、私の勝ちってことで! ふわもわの白い面も、私の白い尻尾もいろいろな色があるの! でも、あなたの背景は真っ白なままだわ! ごめんなさい」
「あーまったく、しょうがないお嬢さんだ。でも、ただで負けてやるつもりは・・・」
「E.L.B.O.W !!」
アオハが叫ぶと、ふわもわのグローブからがしゃこん! とロケットエンジンが展開し、ふわもわもろとも、ゼブラとその装置にぐしゃっと深刻なダメージを与えた。
「おまっ、これっ!」 ふわもわも、もっとボロボロになった。
「いかがでしょうか? お気に召しましたか?」 アオハはえっへんと胸を張って見せる。
「いやっ・・・とりあえず・・・いろいろと手当てをしてもらってもよろしいでしょうか?」
※
「ナナヒカリ刑事!」
「なんだ、白米中に・・・」
「あ、失礼します。この前のターコイズブルーの件なのですが・・・」
「終わった話だろう、それは!」
「ええ。ただ、ちょっと気になって調べてみたら、タコは青色ではないのではないかと」
「・・・は?」
「いえ、『タコ イズ レッド』が正しいということで、あれはそもそも初めから幻。宝石もなかったんじゃないかって、そんな気がして仕方がないのです」
「・・・お前、とりあえず白米、食べるか?」
「はい! ・・・あ、もう一ついいですか。明日の記事の見出しなんですけど・・・」
「いいから、早く食え! 白米はいいぞ! 弱った心も癒してくれるぞ!」
新聞が空を舞う。
一面は、怪盗ふわもわ。その見出しは「面も白いが、尾も白い!?」
写真には、2人組の怪盗の姿があった。
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