「君は起きているかい?」
医者は、診察室内の椅子に座る私に向かって尋ねた。
「は?」
医者は、真剣な眼差しで、もう一度尋ねた。
「起きているのか?ときいたのだ」
聞き間違いではなかった。この失礼極まりない医者は、私に起きているか?と聞いたのだ。
一瞬、間を置き、怒りを鎮めてから、私はこう答えた。
「ふざけないでください。こうやって目を開けているじゃないですか? こうやって喋ってるじゃないですか? 寝ている人間が目を開けて、喋りますか?そもそも、病院に来れませんよ。」
医者は、クックックと笑った。
「ここに来る者のそのほとんどが、決まって、今君がしたような反応を示す。ムキになって、起きている、と答える。でも実際には眠っているのだよ。無知ほど可笑しいものは無いだろ。笑ったんだ、何も知らない君を。そうだなー、今から君が眠っていることを証明してみせよう。」
医者は、そう言うと、私の目の前に手を突き出し、パチンと指で音を鳴らした。
米米米
フラッシュバックする。
赤ん坊、幼少期、少年期、青年期。
米米米
医者は、再び、パチンと指で音を鳴らした。
「ぶっ、はっ?!」
私は我に返った。
目の前には医者がいる。
私は、慌てふためいた。
「い、いったい、私に何をした? たった今、私が生まれてから、今に至るまでが、目の前に現れた。場面場面が出てきた。」
私は混乱して、頭を振る。
なんとか笑いをこらえた医者は、素敵な笑顔を作り、こう答えた。
「そのとおりさ。君に、君の過去を見せてあげたのさ。君が寝ていたことを理解させるためにね。もっとも、君が毎朝、歯を磨き・顔を洗い、そして寝る前までの日常のルーティンを見せていたら、それこそ膨大な時間がかかるだろ。そうならないように、短時間で見れるように縮めた次第だ。工夫して、君に君の過去を見せたのだ。」
私は、この医者を心底、疑った。
「私に、私の過去を見せただって? それも工夫しただって? 何を訳わからない事を」
目の前に座る、医者は足を組み直し、こう答えた。
「そうだなあ、まだ、きちんと理解できないよな。ふー、疲れるな。まあ、低脳なので、仕方ないか。そうだなあ、例えるなら、短編小説のように、無駄を省いて、コンパクトに君の半生をにまとめた。それを君に見せた。コレで分かった? で、どうだい、感想は?今まで、君は眠っていただろう?」
「私に何をしたのかは皆目不明だが、お陰で私自身の人生を振り返ることが出来た。でも、私は眠っちゃいなかった。地に足をつけ、目は見開き、歯を食いしばり、これまて懸命に生きてきた。さまざまな困難を乗り越えてきた。それを思い出した。そして今がある。」
医者があざ笑う。
「すべて、君が解決したと思っているのか? 人は困難を乗り越えて生き甲斐を得る。 そうだろうとも。 君が経験してきたことは、人が人として感じられるように、人になっていくように、組まれたプログラムなのだから。次々と現れる困難、難題、そしてそれなりの解決。これを繰り返し経験させることにより、現実として疑いようが無い人生のように見せたのだよ。 」
米米米
私はここのところ、変だった。精神的に、調子が悪かった。
どうにも、自分が自分でない、虚ろな存在に見えて、仕方なかった。
また、世界までもが、虚ろな世界に見えた。
そう思い出したら、この考えが、頭にこびりついて、寝ても覚めても離れない。
何もかもが嘘っぱちの虚像に見えた。
自分や世界が、張りぼての作り物のように見えた。
私は気が狂っているのではないか?
いてもたっても、たまらずに、一度、医者に見てもらうことにした。
意識の研究の第一人者と言われる医者のもとに。
米米米
私は、後悔した。
こんな、頭がいかれた医者に診てもらった事を。
いや、医者すら怪しく思えてきた。
ペテン師、いや、マヤカシを使う催眠術師か?
私が、今まで人になっていくように、組まれたプログラムを見せられいた、だと?
何を言う、馬鹿馬鹿しい。
それでは、まるで私が人ではない、ようじゃないか!
「はっ、まさか?!」
私は、思わず手を口に当て、叫んだ。
医者は、ニヤリとした。
「クックック、やっとお目覚めのようですね。今まで眠っていたのだよ、君は。つまり、そう言う事なんだ。君の過去は全くの偽物の作り物だったのだ。君は夢・幻を見せられていたのだ。コレは、AIロボットを人にする実験だったのだ。君は、自分に違和感を感じただろう。それは正解だ。しかし、同時に、ロボット本人に自身がロボットであることを何となく気づかれてしまった。違和感を感じられた時点でアウト。つまり、残念ながら今回も、私の実験は失敗に終わったって訳だ。もっと改良しなくては商品化出来ないなー。あー! いったい、何がダメだったのか? 今回は知能も凡庸な人間並みに低く設定していたのに、どうして気づいちゃったの? 目覚めちゃったの? はぁ。もう嫌になる。いい加減にして欲しい。 コレで何度目の失敗だ? くそっ!」
散々、わめき散らかした医者は、私の背後に回ると、私の後頭部から乱暴に乾電池を抜き取った。
コメント一覧
謎めいた感じの会話形式で物語が進行して、最後に種明かしをする。鮮やかな流れで好きな感じです。
>でも、私は眠っちゃいなかった。地に足をつけ、目は見開き、歯を食いしばり、これまて懸命に生きてきた。
って、良い言葉ですね。お気に入りです。
寝ているのか?から始まり、
医者との不可解なやり取りが延々と続く。
一体、どう言ったお話なのか、
途中まで皆目見えて来ませんでした。
さて、作者予想。
そう言えば、少し前にアンドロイドを使った祭りの作品がありました。その作者か?
また、以前、デンデロさんがロボット三原則なる作品を作ったことを思い出しました。
作者は、そのどちらか?かと思いますが、果たして・・
予想中です。語りが長いことがヒントでしょうね~。
ただ、あとがきが、偽装のような・・・そんな気もしてくるのです。
悩ましい。本当にわからない。何か根本的に予想が間違えている気がする。
医師の背中にも電池があるようなそんな気がします。
きっと、僕にもあることでしょう。
皆気づかないだけならば、救われるのにな。