奏でる

  • 超短編 1,681文字
  • 日常

  • 著者: 湖楠*
  •  彼女と私は幼いころからいつも一緒だった。だから趣味が一緒になるのは不思議なことではなかった。音楽を好きになり、歌うこと、奏でることが好きになった。彼女がある日一緒に音楽を創ってみよう。と言った。私は当然承諾した。彼女とずっと一緒にいたいから、彼女と何かをしてみたら絶対に楽しいと思った。

     彼女はボーカル、私はハモリとギターを担当した。昼は学校、夜にたまに路上ライブをするという日々が続いた。学校は二人とも同じで、毎日同じ電車に乗って通っていた。学業なんてそっちのけでひたすら音楽の話ばかり、当然登下校中も。

    二人の作曲場所は地元にある川岸、公園、森の中、どこも子供のころ親しみのあった場所で作っていた。
    理由はそこが一番落ち着くから。すれ違うことなどなく、いつも手を取り合って生きていた。

    そんな毎日の成果が実ったのか、デビューしてみないかと声がかかった。
    夢はなかったけれど毎日音楽をしていられればそれでよかったから、デビューしてもそこまで変わらなかった。環境が整っただけだった。

     それから今までのように努力していればチャンスをつかめると思った。けれど話題になるもその後はあまり売れず、悪い状況が続いた。

    きっと潮時だったんだと思う。この時、二人の考えは同じだった。もう音楽ができないのなら、いっそのこと死んでしまおう。もう悔いはないと。これまで一緒にこれたこと楽しかった。私はあなたと一緒に死ねたら幸せだと。


     それから…私は自宅で寝ていた。あたりを見回すと少女が鼻歌を歌いながらお粥らしきものを作っていた。聴き慣れたメロディー、けれどどこで聞いたかその少女が誰なのか思い出せない。ああ、これは夢か、と思う。シーンが変わり、彼女が余所行きの格好をして靴を履きながらまたメロディーを奏でている、どこかに出かけるらしい。どこに行くの?と声をかけても届いていない。歌うのに夢中なのか、本当に届いていないのかはわからないが。どこに行こうというのだろうか。

     そんなことを考えていたら玄関のドアを開けて出かけてしまった。置いていかれてしまう、嫌だ。と無意識に体が動き、彼女を追う。また知っているけれど、知らないリズムに乗せて手すりをトントントンと鳴らしながら、こちらを見ることも、道を迷うこともなく、彼女は楽しそうに歩いていく。夢の中だからなのか、叩いたところから光の球がはねて、光が音楽を奏でているように光った。彼女を追いながら、話しかけてしまえば、それは今にも消えそうに光り、とても幻想的でずっと見ていたいと思った。

     けれどそんなわけにもいかない。どこに向かっているのか、そもそも私は彼女を知っているのか。彼女は手すりや塀を叩き、なければ足元をリズムに乗せて楽しそうに歩いていく姿を後ろから見て、私は話しかけられないまま考えていく。

     行く先々には楽しそうに音を奏でる二人組がいる。これは自分も体験したことがあるものだと思った、だがその時の私は、そのことを思い出せなかった。
     後になって思う。たくさんの曲を二人で作ってきた、どの曲もいろんな場所でいろんな思い出がある。どれもきっと他人から見たらくだらないことばかり。けれどそれが幸せだった。
    そんな思い出の場所を彼女は、その時作った歌とともに巡っていると。

    最後に彼女は二人が身を投げた場所に行きつき、やっと私のほうを見た。そして何か言葉を言った後、これまでに見たことのないような、悲しそうに笑う顔をしていなくなってしまった。

    ーーーまって!!


    そして目が覚めた。


    私だけが生き残ってしまった。
    ああ、彼女はきっと別れの言葉を私に残したんだ。

    「大丈夫。」

    と、これからはわたしがいなくても大丈夫と。
    そう伝えたかったんだろうか。
    そんなわけないのに。

    けれど死のうにも自分では度胸もない。彼女がいたから何でもできた。きっと彼女はこの先のことも見透かして大丈夫と、あなたなら生きていけると微笑んだのではないか…そう思いたい。

    そうして、私は一人で音楽を続けている。音楽をしていれば彼女が近くにいるような気がした。また今日も、彼女との思い出を、彼女への思いを私は奏でる。

    【投稿者: 湖楠*】

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    コメント一覧 

    1. 1.

      茶屋

      思い出は永遠ですが、痛みも伴います。
      主人公が彼女と出あえるその瞬間まで想いあうことを祈りますが。
      途中で主人公の痛みが消えることも、彼女は望むのかなぁと思いました。
      素敵な作品でした。


    2. 2.

      なかまくら

      楽しく音楽をやっていただけだった2人の中で、デビューしたことがどこか重く重く、積み重なってしまっていたのでしょうか。何も身を投げなくても良いのにな、と思いながら後半を読んでいたら、彼女がそもそも居たのかさえ曖昧になってしまうような夢の中に私も投げ出されてしまいました。”私”が音楽を続けられたのは、彼女が別れを告げてくれたからなのでしょうね。