意識の研究

  • 超短編 1,743文字
  • 同タイトル

  • 著者:1: 3: ヒヒヒ
  • 1.天野博士曰く
    最近は空港の形も大きく変わった。私が幼かったころは、保安検査場の入り口は一種類しかなかったが、今では「人間用」「アンドロイド用」「機械用」の三種類がある。

    アンドロイドはその名の通り人間そっくりなので、私は間違えて彼ら専用の列に並んでしまったことが数度ある。だがどうやら、彼らは人間とは異なる保安検査を受けるらしい。

    空港警備は年々厳重になり、その方法も洗練されてきた。アンドロイドが普及し始めたころは、それを悪用した手口も多発したが、今ではもうほとんど聞かない。テロリストとの果てしない攻防は、防御側が勝利を収めつつある。

    「気になる娘でもいたの」

    保安検査場への入場を待つ間、見るともなしにアンドロイドたちの列を見ていたら、そばにいる妻が険しい顔をしていた。彼女の視線の先には、美しい女性型アンドロイドが立っている。右腕の金属骨格がむき出しでなければ、アンドロイドだとは気づかなかっただろう。

    「いや、空港も様変わりしたな、と思って」

    ふうん、と妻が疑わしげな声を出す。嫉妬するということは、君はアンドロイドじゃないな。そう言いかけて、口をつぐむ。失言をする機能は人間固有のものだ。


    2.橋立さらか曰く
    「首筋に痛みが走ったら気絶しろ」と指示された。難しかった。合図は蜂に刺されるくらい痛かった。私は何度も顔をしかめた。そのたびに怒られた。

    「緊急停止の時に顔をしかめる人形はいない」

    人形とはアンドロイドのことだ。アンドロイドは、合図を受ければ停止する。そのとき何をしていたかは関係ない。歩いていても、走っていても、大事な荷物を抱えていても。緊急停止の合図を聞いたアンドロイドは、即座に機能を止める。例外はない。

    だから、人間がアンドロイドのふりをすることは難しい。アンドロイドを装って航空機に乗ることは、ほぼ不可能だ。飛行機に搭乗しようとするアンドロイドは、保安検査場で緊急停止させられる。一度だけではない、二度、三度と止められる。その合図がいつ来るかは知らされていない。合図の後、一秒以上稼働していたら不合格だ。飛行機には乗れない。

    だから、人間である私が必要になる。緊急停止させられることのない私が。

    首筋のパッチは、緊急停止命令を受信すると私を“刺す”。私は即座に気絶する、というか、そのふりをする。そうすれば、私はアンドロイドにしか見えない。他のこと――アンドロイド同士が交わす秘密の通信――は、体中に張り付けた知性化パッチがうまくやってくれる。

    「苦しいか。だが、これができるのはお前だけなのだ」

    マスターはそう言って、私の右腕に目をやった。金属の義腕は、私が意識するとそっと指を握った。強く握れば、人の頭蓋さえ砕くことができる。凶器そのもの。本来であれば、航空機の中に持ち込むことは許されない。

    「お前は人形になるのだ。保安検査場に入ったその瞬間から、そこを出るまで」

    「そこを出たら……?」

    マスターはゆっくりと言った。聞き分けのない子供に、そっと言い含めるように。

    「戦士になれ。正義のために」

    人の心は、2年前、砕けた右腕とともに捨てた。


    3.客室乗務員曰く
    「テロリストだ!」という叫び声を聞いたとき、自分でも恥ずかしくなるくらい狼狽した。だけど、客室を振り返り、犯人がアンドロイドであることに気づいたとき、これなら大丈夫だと思った。犯人は、通路の真ん中に立ち、金属光沢をもつ右腕で乗客の胸ぐらをつかんで掲げていた。まるで盾にでもするかのように。

    すでに飛行機は、関西国際空港へ向けて高度数千メートルの高度を航行している。警備員は同乗しておらず、客室乗務員に武術を修めた者はいない。それでも、アンドロイド相手ならば勝てる。客室乗務員は全員、緊急停止装置を装備しているのだ。

    私は訓練通りに動いた。薄いカード型の装置を犯人に向け、ボタンを押した。カード表面の赤いランプが灯り、緊急停止命令が発せられる。そばにいたアンドロイドが3体、即座に首をうなだれた。が、犯人は止まらなかった。

    彼女は左腕を乱暴に振って、首筋に貼ったパッチを破り捨て、それから、低い――だが、まだ若さを感じさせる声で言った。

    「全員動くな。貴様らは人質だ」

    後にアンドロイド史上最悪のハイジャックと呼ばれる事件の、始まりだった。

    【投稿者:1: 3: ヒヒヒ】

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    コメント一覧 

    1. 1.

      でんでろmk2

      超お久しぶりです。えっ?おまえ、誰?無理もありません。最近、私は、「ボイコネ」というところに、声劇シナリオを投稿するのに、ハマっています。そこに、「人とカニを仕分けるシナリオ」がありまして、このお話みたいに、人やカニをそれぞれの入り口に誘導するのですが、「毛蟹」と「怪我人」が絶妙に紛らわしくて、大爆笑……(緊急停止措置を使われた)


    2. 2.

      なかまくら

      ちょっと前に、「デトロイト ビカム ヒューマン」というゲームをプレイしまして、
      アンドロイドに興味を持ったなかまくらです。
      そこに至る要素が集まってきて、出来事が起こる。という、本来当たり前に起こっていることの、物語に起こすことの難しさを感じると同時に、それをやってのけるヒヒヒさんの筆力の高さに痺れました(あ、これは緊急停止命令!?


    3. 3.

      ヒヒヒ

      コメントありがとうございます!

      でんでろさん>お久しぶりです。そんな投稿サイトが出てきたんですねぇ。ボイスロイド動画の盛り上がりなどを見るに、声優ブームでも起きているのでしょうか。毛蟹と怪我人。確かに紛らわしい。たしかn(強制停止)

      なかまくらさん>面白いらしいですね、「デトロイト ビカム ヒューマン」。未プレイですがなぜか「人間が廃棄されたアンドロイドを手に入れてなんやかんやする話」という情報だけ持ってます(何)。私のほうは「Vivy」がきっかけでした。
      お褒めの言葉ありがとうございます。なぜか顔に血液が集まりすぎたので私も緊急停止します(謎)