それは、何年かぶりの学生時代のの友人からの電話から始まった。
学生に取らせたアンケートのまとめをしていると、スマフォに着信があり、その相手が三坂だった。
彼の名前は三坂 幸助と言って、今は訪問看護の仕事についているらしいと共通の友人から噂で聞いていた。
大学で文化人類学の助手をしている私は、時期によってはかなり忙しく、彼も多忙だったため会う機会がなかった。
季節は9月で残暑厳しく、クールビズと言う名の電気代削減のせいで、研究室は地獄のような熱を持つ。
「よぉ、相馬。久しぶりだな。今いいか?」
「あぁ、久しぶりだな。三坂、唐突になんだ?」
「えーと、なんていうか、人探しを頼みたいんだ」
「……うん?」
話の内容は奇妙なものだった。
彼の勤め先の訪問看護を利用していた利用者が失踪し、警察に届けを出したが碌に取り合ってもらえず。
お節介焼き三坂としては、どうにか探したいが唯一の手掛かりに対する見解が欲しいとのこと。
「その手掛かりってのはなんなんだ?」
「多分、お前の専門と関係あると思うんだ。説明するより見てもらった方が早い、頼むよ」
秘密にされると、気になるのが人の性と言うものだ。
助手の仕事は多忙とはいえ、夏は講義もないため、准教授の手伝いが主。
うちの研究室はわりと融通がきくので、なんとか時間を作って三坂の頼みを引き受けることにした。
三坂の職場はO県の中心部から少し北にある、T市だった。
隣県とは言え、普段行くことはない為、なかなかに面倒な移動だった。
安物の軽自動車を運転し、待ち合わせの喫茶店に到着した。
駐車場にはすでに三坂が到着し、スマフォをいじっていた。
こちらに気付くと、手を振って寄ってくる。
「相馬、悪いな。こんな場所まで来てもらって、席は予約してんだ。中入ろうぜ」
「三坂、まったく、写真なりメールで答えれば、すむ話だろうに」
「いや、絶対見てもらった方が早いんだ」
喫茶店で軽食をとり、行方不明になったという利用者について話を聞いた。
利用者の名前は小枝 治(さえ おさむ)という63歳の初老の男性だという。
障害区分によるサービスで訪問看護を利用しており、精神病を持っていたらしい。
精神病といっても、月一回の注射と飲み薬で病状はほぼ落ち着いており、訪問看護も服薬ができているか確認が主なほどで、ほとんど手はかからない方とのこと。
「それで、その手のかからない老人がなんでまた失踪なんてしたんだ?」
「はじめは、定期の通院に来院しないと、病院から連絡があったんだ。家族もいなくて財産も司法書士が後見についているから、俺の職場の方に連絡が来るんだよ」
「なるほど。それで担当のお前が家に行くと、小枝氏はいなかったと」
「あぁ、それで他の訪問看護支援員の話だけどよ、小枝さん宅に手紙が届いていたらしい、普段空っぽのポストに手紙があったんだ。その辺から小枝さんの病気と言うか、こだわりが酷くなったんだよ。警察に話しても碌に取り合ってくれねぇ。こっから先の話は、家に行った方が早い」
そう言って、彼は立ち上がる。私はコーヒーを飲み干し、店を後にした。
三坂の車について、小枝氏の自宅に到着する。
小枝氏の自宅はかなり古い木造平屋の一階建てで、ブロック塀で囲まれていた。
ブロック塀の上には、ブロンズの鳥の像が置かれている。
北欧風のものだが、よくよく見ると通販で買ったもののようだ。
他にもいくつかの置物がブロック塀の上と内側にも置かれ、全てが鳥の像だった。
鳥をモチーフにしていること以外に共通点はなく、無節操に様々な産地の鳥の像を集めているようだ。
「さっそく見つけたな」
「小枝氏は鳥が好きだったのか?」
「その通りだ。中も見てくれ、お前を呼んだ理由がわかる」
背景を考えていると、三坂が鍵を取り出し扉を開けた。
日の入りが悪い玄関へ入ると、尿臭に顔をしかめる。
こういった家ではこんなものだろうが、慣れるものではない。
そして、すぐに興味は家の中身へと移る。
「……なるほど。こういうことか」
薄暗い部屋には、足の踏み場もないほどに鳥の置物が置かれている。
電気をつけると、欄間は鷲と牡丹を象ったものだった。
その奥には万年床が敷かれている。
「靴を履いたまま入っていいぞ、小枝さんもそうしてた」
「わかった」
靴で上がると、床は湿り気を帯びてネチャリと張り付く。
手袋つけて家の奥に進む。
寝室は梟の掛け軸とどこぞの寺のものだっただろう、裏欄間の鳥の彫り物が立てかけられている。
さらに、木製の鳥の像が布団を取り囲むように等間隔に置かれていた。
手製の物だろうか、抽象的で何の鳥か判別がつかない。
鳥は全て布団に向いており、何かを見張っているようだ。
「……好きとかじゃないな、病的なこだわりだ。小枝氏に妄想は?」
精神障害の中には妄想により、こだわりを持つものがある。
電波に操られる、特定のものを食べないと死ぬ、何かを異常に怖がるなどだ。
文化を形成するうえで、そう言ったものは重要な要素となりうる。
狐憑き、憑き物筋、精神病の理解が進まなかった時代ではそれは未知の世界への繋がりと思われていた。
「あると思う。内容については何度も効いたけど、説明はしてくれんかったな。こっちを見てくれ、小枝さんの失踪前に変わった部分だ」
三坂が指さしたものは申し訳程度に確保された、小さなちゃぶ台とその横のカラーボックスだった。
カラーボックスには、チラシの裏側で作られたメモとノート、数冊の書籍がびっちりと詰め込まれていた。
ちゃぶ台には、メモが散乱しており、何かが殴り書きされている。
「小枝氏が書いたものか」
机のメモを取り上げる。
「そうだ。一部は警察が持って帰ったが、同じことを繰り返し書いている。小枝さんは行方不明になる前から、その言葉に取りつかれていた」
「……暗いな、明かりをくれ」
三坂がスマフォのライトをつける。メモは、鉛筆で繰り返し同じ文言が殴りつけるような強い筆圧で書かれていた。
【さりさえにてまおさく がんにてさお とてはならぬ】
それを取り巻くように、ミミズがのたうつるような何かが描かれている。
文言と何かがのたうつ絵。
何を示している?
「まおさく……ね。申さく……にて申し上げる、がんにてさお? 何のことだ? 祝詞なのか。三坂、このミミズに心当たりは? 小枝氏の生まれは?」
「さり」は「去り」か、いや「舎利」ともとれる。
舎利は仏や聖者の遺骨をさす。御仏への祈りだろうか?「さりさえ」とはなんだ?
ダメだ、わからない。こういう時は生まれと育ちをみるのが良いだろう。
「絵の方はわからん、俺もこの件があって初めて見たんだ。生まれはK群の方だ。もっと北だな」
「O県にゆかりある言葉じゃあないと思う。K群に関係するものがあったかはこの場じゃあわからないな。他の手掛かりも探そう。このカラーボックスごと持って帰るぞ」
「わかった。後見人さんには許可もらってるから大丈夫だ、運びだそう」
その後、二人で徹底的に家探しを行った。警察の捜査はかなり雑だったようで、よくある精神病者の失踪と思ったのか、ほぼ手つかずのものが多かった。
その中でも興味を惹かれたものを鞄にいれ、三坂が予約してくれていた旅館で机に広げる。
中でも重要な手がかりとなると思われたのは、三坂が普段見なかったという数点のものだった。
「普段通院していないK群の中央病院の診察券、小枝氏のものでないメモ、K群の神社からのお布施の礼状……本は全て、虫の図鑑だった」
「そのメモ読めないな」
三坂が拾い上げたそのメモは小枝氏のものでなく、意図的に読みにくくしているようだった。
「それ、多分送られてきたって言う手紙だぞ」
「そうなのか?」
「他のメモと紙質が違う、使われているのは※※の和紙だ。手触りが特徴的だからすぐわかる。一般用じゃあない、御朱印に使っている所があったと思う。古くは奉書紙としても使われたもんだぞ」
フィールドワークと称して、郷土の特産品や歴史ある名品の資料をとって来いと言われることなんてザラだ。
「流石と言うべきなのか? 気持ち悪いな」
「仕事なんだよ。ただ、メモ内容はわからんな意図的に崩している……多分これは文字のように見せたシンボルの組み合わせだな。大学に戻ればわかるかもな。ただ、小枝氏がこれをみてあの病的な言葉を書き始めたのは気になる。わかる人にはわかる内容なのか? 封筒はないし、送り主も不明か」
「その和紙って一般用じゃあないんだろ? なら卸先を教えてもらって、怪しそうな場所に行こうぜ」
「その必要はないよ」
「あん?」
「質は違うが、この神社の礼状は同じ和紙だ。神社を調べれば、メモの送り主もわかるかもな」
「お前、それを先に言えよ」
「悪い悪い。一応、暇な学生にメールしてシンボルについては調べさせるよ。明日神社に向かおう」
「わかった。まぁそれで小枝さんが見つかったら笑うけどな」
「意外と前後不覚になっているだけで、寺にいるだけかもな」
そう言って、私達は眠りについた。
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