追いついて、サンセット。

  • 超短編 1,589文字
  • 祭り

  • 著者: 3: 茶屋
  • 「田中君や。それで、最後はどうする?」

     後ろから問いかけられる。吉野は自転車の荷台でSNSを見ていた。
     トレンド一位は月の落下。嘘みたいだろ? これ真実です。

     入学して一目ぼれして半年かけて10月に必死の思いで告白したら。その翌月に世界の終わりです。
     宇宙人に世界征服でもされた方が幾分かマシじゃない?

    「吉野は家族と一緒にいないの?」

    「母上は父上と、静かに過ごしたいって」

    「お熱いね」

    「嫌になりますよ。両親のイチャイチャしている姿なんて、目に毒でしかないね」

     彼女は僕の肩に手を当て、荷台の上に立つ、夕暮れの坂道をブレーキを掛けながら降りていく。
     軋むフレームとブレーキは、僕等の悲鳴かもしれない。
     風を受け、彼女の前髪がアホ毛のように逆立つ。

    「気持ちいいね」

    「スカートめくれない?」

    「不思議な力でガードされておりますゆえ、ご安心を」

     坂道の折り返しで自転車を止める。目の前には太陽を隠すほどの真っ赤な月が空に浮かんでいる。
     ピョンと彼女は飛び降り、振り返る。逆光マジック、なんだか神秘的やん?

    「夕日じゃなくて夕月だね」

    「日没じゃなくて、世界沈没ってか?」

    「アハハ、うまい、うまい」

     カラカラと笑う彼女は本当に楽しそうで、僕としては今後のことを思うと寂しいけど。
     まぁ、これはこれで、なかなかにロマンチックなわけで悪くない。

    「あれが、こっちに来るのか」

    「だね。世界の終わりを見れるなんて、幸せかもね」

    「僕は怖いよ」

    「私も怖いよ」

     手もつないだことのない僕等は少しだけ、肩を近づけて真っ赤な月を見ていた。
     嘘です。吉野の顔を見ていた、冷たい風にさらされた頬は紅く。
     あぁ、僕の彼女は可愛いなぁなんて考えてました。

    「どこ見てんの?」

     吉野がこっち見る。マフラーで口元を隠す仕草にグッときます。
     
    「世界の終わり」

    「なんと、私の顔にそんなものが張り付いていましたか」

    「まつ毛の上に乗っかってるよ」

    「眉唾な話だね」

     こんな、馬鹿な話をずっとしていたかった。例え彼女と別れる未来があったとしても、この瞬間を抱えて生きていきたかった。

    「……全部嘘になんないかな?」

    「無理じゃない? ほら、月が落ちるより前に津波で日本がなくなるって言うし」

    「その手の偽情報が多すぎて何が本当かわからん」

    「酸素が無くなるとか、太陽光で生物は発酵するとか?」

    「むしろ興味でてきた」

     人間の噂ってのはこんな時でも衰えないものだ。

    「どうする? ここで一緒に飛び降りる?」

    「そんな映画があったような気がする」

     吉野は、プイっと月の方に向き治った。耳が真っ赤なのがよくわかる。
     耳当てすればいいのに。

    「……田中君にょ」

    「にょ?」

    「……田中君よ」

     なかったことになった。

    「田中君は家族と一緒に過ごすんでしょ?」

    「多分そうかな?」

     彼女と過ごすといったら、認めてくれそうな家族ではあるけれど。

    「じゃあ、あたし達は学校がある日しか会えないわけじゃん」

    「こんな時にも授業をカットしない日本の学校って凄いよね」

    「数学、算数は無くなればいいと思う所存です。そんなことより、このシチュエーションですよ。チッスとかしてもいいんじゃないですかね」

    「状況に流されては、ちょっと」

     この辺、奥手なのは自分でもどうかと思う。

    「世界の終わりを状況で片付けるとは、大物ですな。私の恋人は」

    「僕の恋人は可愛くて困る」

     妥協案として、手をつないだ。
     めちゃ緊張した。

    「今決めた」

    「何ですかな?」

     お互い手汗でびっちょりだけど、この結んだ手を切ってはいけない。

    「最後は吉野といることにした」

    「いいの?」

    「いいよ。こうして、夕日を見ているとそう思うから」

    「状況に流されてない?」

    「世界の終わりだし?」

    「チッスはしないのにっ!」

    「決心がつくまで待ってくれない?」

    「世界が終わる前に間に合うんかね、田中氏」

    「あの夕日が僕等に追いつくまでには、必ず」

     ならばよし、と彼女はニカッと笑い。僕等は終末に向けて坂道を下るのだった。

    【投稿者: 3: 茶屋】

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    コメント一覧 

    1. 1.

      ヒヒヒ

      溶けたチョコレートのように甘々ですね。
      巨大な月を眺めつつ、彼女と共に坂道を自転車で駆け下りる
      (のに、ブレーキをかけ続ける)田中氏のキャラがほほえましいです。


    2. 2.

      茶屋

      <アメジスト・トリトゴメス二世>です。
      月が落ちる世界で、私はどう終わりたいのでしょうか?
      二人は大事な時間を得るのでしょうね。
      田中君は天然なのかジゴロなのか、吉野さんは可愛いのか愛おしいのか。
      あとがきを読んで全入れに気付きました。読み直すとなお二人が可愛い。
      キーワード探すの忘れてた。感想書いたらもう一度読みます。


    3. 3.

      ヒヒヒ

      にわのはにわです。
      彼女と彼の掛け合いの背景に、赤く巨大な月が見えるようです。
      キーワードの消化方法も面白く、短編会のお祭りらしい作品でもあります。
      絵が目に浮かぶようなお話と言うことで、作者は茶屋さんでしょう。


    4. 4.

      けにお21

      何とも微笑ましいカップル

      ドキドキ感が伝わってきますねー

      また、シチュエーションが面白い。

      世界が終ろうとしている間際ですからねー

      何やってんだ、とも思える。

      意外に、終ろうとする時は、腹をくくって悠然としているのかもね

      もし、私なら何しようかなー

      予想は、えっと、うーん、茶でも

      あれれ


    5. 5.

      なかまくら

      立方格子です。キーワードの入れ方自然すぎて全然気づきませんでした。
      そして、ニヤニヤでした。彼女もかわいいし、彼氏も初々しくて良いですね。
      特に理由もなく滅びる世界でそんなことはどうでもいいかのように過ごす二人がなんかそんな感じなのかなと思わせてくれますね。
      作者は茶屋さん? howameさんの線もありそうです。