牧子

  • 超短編 958文字
  • 祭り

  • 著者: 1: howame
  • 隆子の入れられた部屋には、ほかに3人の女がいた。
    隆子の前に陣取る老婆は、90才ぐらいで、顔は細くいかにもばあさん顔で、
    あったことはないが写真で見る、夫のばあさんの顔そっくりである。

    隣は60代の人あしらいのうまそうな女性で、スナックのママさんでもしてるのかと思ったら、
    やはり蕎麦屋のおかみさんだったとかいう。

    斜め前の女性は80代くらいの老婆で、アナウンサーのようなよく通る声で話す人で、
    この中では一番とっつきにくそうだと思った。仮に牧子と呼ぼう。

    牧子は声量や雰囲気で80才くらいかのように見えたが、
    実は90才過ぎていると隣のママさんが教えてくれた。

    牧子さんは普段一人暮らしなせいか、おしゃべりが好きなようで、
    話し出すといくらでも話題はつきない。世界征服の話だって、発酵人間の噂だってしそうだ。

    「私ね、初恋の人とは結婚できなかったの。彼は通訳で、英語が堪能だったから、
    アメリカへ行くっていうので、そんな人とはダメだって反対されてね。
    主人とは京都にいる時に出会って一目ぼれだったの。

     <え、戦後の話?>

     もちろんよ。私京都だったから戦中は爆撃もなくて、怖い思いなんて味わったことない。
    主人は映画関係の会社に勤めていたから、京都のMホテルで、
    有名人もたくさん来て立派な結婚式だったの。

     <きれいだったんでしょうね>牧子さんの話は鮮やかで目に浮かぶようだ。

     テレビが出てきて、映画産業も廃れて、東京で暮らしていたけど、
    主人が起業して失敗したから、私が実家の援助で建てた東京の家を、バブルの時売って
    こっちに来たのよ。こっちに来てからは、私主人に冷たくしちゃった。
    どうして離婚しないの?ってきかれたけど、あんなにりっぱな結婚式したしね・・・
    主人は肺がんで死んだわ。ピースを何本も吸ったからね。

    <肺がんてずいぶん苦しいんでしょ>
    私は肺がんで死んだ同級生のデスマスクを思い出す。

    場所がよかったんじゃないかしら。私あまり行かなかった・・・」

     牧子さんの話はつきない。歯も90才を越したというのに24本もあるという。
    年取ったら小ぎれいにして、ボケないように鍛えておくことが大事だなと思う。
    アホ毛が伸びてきた。あまりにもひどいので、見た人もかえって何も言わない。
    10月、11月にはカットしたけど、しばらくほおっておいてしまった。切っておけばよかった。



    【投稿者: 1: howame】

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    コメント一覧 

    1. 1.

      ヒヒヒ

      老人ホームの中での出会いでしょうか。長く生きていると、お話のタネも尽きないのでしょうね。
      90歳ともなれば、本当に発酵人間に会ったことがあるかもしれませんね(何


    2. 2.

      茶屋

      <アメジスト・トリトゴメス二世>です。
      わかったふりをしてわかってないので、言えないです。
      予想は予想ででまた来ます。こないかも。
      牧子さんとお茶がしたいです。デートに誘ってもいいですかね?
      いい羊羹だす店を知っているんですよ。
      立派な結婚式をすると離婚しないってのは真理かもと思います。
      発酵と腐敗の違いは人間に有益かどうかで別れるとか。
      精神的に成熟した淑女の皆さんは発酵人間と言えるのかも。


    3. 3.

      ヒヒヒ

      にわのはにわです。
      90代の方が戦後の過去を振り返るお話の中で
      肺がんを気にかけたり、髪を気にしたりと
      歴史は体を持った人間が経験するものなのだなと思いました。
      作者はhowameさんだと思います(言っちゃいました笑


    4. 4.

      けにお21

      この作者は誰でしょうね〜草

      私も、初老も過ぎたし、牧子さんのように鍛えようかしら

      タバコはようやく止められましたが、肺癌の危険はつきまとうな・・・

      夫婦って、何となく続けている感じの方が多そうだ

      年取ると、昔話をしたがるのですよねー 私は何の話をしようかな?

      昭和の匂いただよう、何だか懐かしさを味わえましたー


    5. 5.

      なかまくら

      立方格子です。人生を描いている感じ、howameさんですね(笑
      とっつきにくそうだと思われた女性がすごく魅力的、というのがワクワクする感じです。