その町には一人暮らしのおじいさんがいました。
その町は都会と言うほど人が多くなく、また田舎というほど建物が少ないわけでもない、なんとも中途半端な町でしたが、住人同士の距離が近く、暖かなその雰囲気から近年は"住みたい町ランキング"の上位に食い込むこともありました。
そんな町に暮らすおじいさん、大燿(たいよう)さんは子供たちとも仲が良く博識なので町内でも一目置かれる存在です。
大耀さんはこだわり強い人でした。
そのこだわりとは、発酵食品を食べること。
ある日は、朝に味噌汁と納豆とぬか漬け、昼はチーズリゾット、夜はキムチ鍋、と毎食発酵食品を食べるのです。
冷蔵庫にはヨーグルト、納豆などを始めとした発酵食品が所狭しと並びます。
ぬか漬け・ピクルス・奈良漬などのお漬物もかかしたことはありません。
またお酒も多種集めていて、大燿さんに発酵について聞いてしまうと半日はウンチクが繰り出されます。
そうして大燿さんはいつしか発酵人間と呼ばれるようになったのです。
「発酵人間じゃなくなったらしいよ!」
登校途中の小学生3人が大燿さんについて噂しています。
「俺のかーちゃんも言ってた!朱莉のお母さんから聞いたって。」
「私のお母さんスーパーで発酵おじさんが納豆とか一個も買わないから変だって言ってた。」
「飽きただけじゃねーの?それより昨日さー!」
3人を見送った直後の母親が3人、公園の木陰の下に立ち、この時間を待ってました!と言わんばかりに会話を始め、その話題は発酵人間についてです。
そもそもこの噂はスーパーで働く朱莉の母から発信されたものでした。
「だって、大燿さんいっつも納豆とか漬物とかチーズとか。レジ打ってても8割は発酵食品なのよ?」
「確かに急に一個も発酵食品買わないのは妙ね〜」
「発酵食品買わず、何買ったの?」
「それが油とナッツなの。」
「油?」
「えーっと。確かオリーブオイルとなたね油、えごま油もだったかしら。とにかくオイル類を6つも!」
「「6つも?!」」
「それじゃあ、大燿さん発酵人間じゃなくてオイル人間じゃない。」
本当ね〜!!と楽しそうな笑い声が公園に響き、それから30分ほど経つとようやく3人は公園をあとにしました。
その日以来、大燿さんはスーパーに行くたびにオイルを購入し、オイルについて聞かれるとオメガ3は…とウンチクを始めます。
しかしこの町にそのウンチクを嫌う人はいませんでした。
「またオイルおじさんのウンチク始まった!」
と言いながら興味深そうに聞き入り、次の日には彼に聞いたことを楽しそうに友達や同僚に話すのです。
コメント一覧
からくりさん
ありがとうございます。すごく嬉しいです!
おじさんにはこれからもたくさんのものに触れて充実した人生送って欲しいです(^-^)
この不穏な空気を帯びたテーマから、こんな温かくて楽しいお話が作られるとは。面白かったです。
昔話のような語り口と現代的ながら非日常的な言葉の組み合わせに所々ふふっと笑ってしまいました。
おじさんの興味はまた長い時間をかけて移っていくのでしょうか…(^^)
この町の人たちは心に余裕があるのでしょうね。怪しい人とか変な人だとならずに、面白い人興味深い人として受け入れられる寛容で暖かな雰囲気を感じました。おじさんも、次は何にしようかな、なんて予習を欠かさない姿を想像しました^-^