子墨

  • 超短編 382文字
  • 日常

  • 著者: 鰯崎 友
  • 唐のころ、都、長安にて商いを営む子墨という男がいた。ある日、子墨は木の陰に佇む面妖な動物を見た。頭は羊、前足は虎、胴は牛、尾は蛇であった。その動物は人語を解し、妙なことを言うのだった。

    「左に回ればそなたの末の姿を見よう。そして右に回ればそなたの元の姿を見よう」

    子墨は少し思案してから、ぐるぐると右に回りはじめた。すると長年の苦労によって刻まれた顔の皺が少しずつ消え、やがて若々しい青年の顔へと変じた。さらに回ると、すっかり幼い子どもの姿へと戻ってしまった。

    子墨は熱に浮かされたかのように、さらに旋回をつづけた。まだ母親の体のなかで揺られていたころの、胎児の姿を取り戻し、かと思うと、どんどん小さくなって、子墨という人を形づくっていたもろもろの、極めて小さなかけらへと別れた。そして、子墨はとうとう、大きさの存在しない、無限に分割可能な、ひとつながりのものとなった。

    【投稿者: 鰯崎 友】

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    コメント一覧 

    1. 1.

      なかまくら

      うーむ、思想的ですね。教典とかに載っていそうな感じでした。
      きわめて小さなかけらとなった時に、回り続けることができたのは何故だろうか、と思いました。


    2. 2.

      紙袋あける

      不思議なお話ですね。
      最終的にどこにいくのか、想像力が膨らみました。


    3. 3.

      鰯崎 友

      なかまくらさん、紙袋あけるさん、コメントありがとうございます。ネタバレすると、極めて小さなもの→陽子と電子の自転。空間が最小単位の存在しない無限に分割可能な連続体というのは素粒子のことですね。