唐のころ、都、長安にて商いを営む子墨という男がいた。ある日、子墨は木の陰に佇む面妖な動物を見た。頭は羊、前足は虎、胴は牛、尾は蛇であった。その動物は人語を解し、妙なことを言うのだった。
「左に回ればそなたの末の姿を見よう。そして右に回ればそなたの元の姿を見よう」
子墨は少し思案してから、ぐるぐると右に回りはじめた。すると長年の苦労によって刻まれた顔の皺が少しずつ消え、やがて若々しい青年の顔へと変じた。さらに回ると、すっかり幼い子どもの姿へと戻ってしまった。
子墨は熱に浮かされたかのように、さらに旋回をつづけた。まだ母親の体のなかで揺られていたころの、胎児の姿を取り戻し、かと思うと、どんどん小さくなって、子墨という人を形づくっていたもろもろの、極めて小さなかけらへと別れた。そして、子墨はとうとう、大きさの存在しない、無限に分割可能な、ひとつながりのものとなった。
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