声の処方箋 ~後編~

  • 超短編 1,727文字
  • シリーズ

  • 著者: 3: 寄り道
  • 『みんなには内緒で』と出だしに書かれ、その日記は始まった。
     そして声が出なくなった原因を知る。
     皆が疑問に思っていたこと。それは、産まれたときから声が出せなかったのか。又は、急に声が出なくなったのか。皆が知りたかったことだけど、遠ざけていた疑問。
     それを自らの意思で書いてくれるということは、誠一のことを信頼してのことなのだろう。誠一は、椅子に座りその日記を読んだ。

    『今、私は母と2人暮らしですが、中1の頃まで父がいました。
     2年の夏くらいまで優しい父でしたが、父が経営する会社の不振が続き、日に日に父が落ぶれて行き、最終的には母や私に暴力を振るうようになりました。少しでも声や物音を立てれば煩いと怒鳴られ、暴力を振るってきました。そのためそれを恐れるがあまり次第に私は声を出せなくなりました。それを心配した母は、弁護士と相談し父と離婚することとなり、ここに引っ越して来ました。
     今でも再び声を取り戻せるように、月に2回ほどカウンセラーに行くのですが、声を取り戻せる方法が見つからずに、今まで過ごして来ました。
     そして先日、カウンセラーの先生から今の環境では声を取り戻すことは難しいでしょう、と告げられ、失声症の原因の一つは心的傷害であり、原因を作った父から離れて暮らしていても、またどこかでばったり出会う可能性があるかも知れない。そんな不安が少しでも心や頭にあるため、そのせいで今でも声が出ないんだと話されました。
     それを聞いた母は、数日悩み、私の声を取り戻すために母の故郷である宮城県の蔵王町に、卒業したら引っ越すことになりました。
     新しい環境での学校生活に不安を感じ、学校に行かないこともありましたが、みんなが文化祭で私のために歌ったのを見て、勇気をもらいました。本当にありがとうございました。』

     最初は誠一もこのことを秘密にしていた。このことを話すと、自分が交換日記をしていたことがバレてしまうため、それを恐れ隠しておきたかった。
     しかし入試が終わり、卒業が近づき、皆に話そうと心に決めました。
     友人からは、交換日記していたことをからかわれたり、冷やかされたり。
     女子からは、私たちも誘って欲しかったな、という声も聞こえた。
     そして、宮﨑めぐみには内緒で、お別れ会を開催することになった。
     お別れ会当日。宮﨑めぐみに、卒業するからその思い出として皆で集まる、と嘘を吐いて、友人の家に向かう。
     インターホンを押すと、母親が出てきて、リビングに案内される。
     誠一は宮﨑めぐみに、ドアを開けるように促し、宮﨑めぐみがドアを開けた瞬間、クラッカーが鳴り響いた。
     お別れ会は盛大に盛り上がった。
     最初は戸惑っていた宮﨑めぐみも、皆とゲームをしたり美味しいものを食べたりして、そして遂に、宮﨑めぐみの笑顔が見られた。
     お別れ会も終盤。宮﨑めぐみから一言、ということで誠一は交換日記をしていたノートを渡す。
     戸惑いながらも、会に居合わせた1人1人にありったけの思いを綴る。
     書いている途中で、ノートに数滴の雫が零れる。これも初めて見る、宮﨑めぐみの涙だった。
     皆がノートを回し読みして盛り上がっていると、掠れた声で「ありがとう」と、誠一の耳に入る。
     誠一が「ちょっと静かに!」と皆を黙らせ、宮﨑めぐみに顔を向ける。「喋った?」
     宮﨑めぐみ自身驚いているが、改めて力を振り絞り「あー」と声を出す。今まで頑張っても出なかったはずの声が出た。
     その瞬間、皆が歓喜し、宮﨑めぐみは、声を出して泣いた。
     会が終わり、友達とも別れ、宮﨑めぐみと2人で帰路に就く。
     宮﨑めぐみは、誠一に促され、玄関を開け「ただいま」と声に出す。
     母親は久々に聞いた声に、玄関まで駆け寄って来た。
     誠一は声が出たことを話すと、母親は泣き崩れ、誠一に向かって「ありがとう」と何度も言った。
     そして卒業し、先生も含めた皆が、東京駅に集まった。
     そして宮﨑めぐみが「じゃあね」と一段と輝いた笑顔で手を振り、皆も「またね」と何度も言って、2人の背中が見えなくなるまで、見送った。

     誠一が家に帰ると、母親から1枚の手紙をもらう。
     そこには、引っ越し先の住所が書かれてあった。

     現在では、スマホは持ってはいるが、時折、手紙で交換日記は続けており、同じ空の下で繋がっている。

    【投稿者: 3: 寄り道】

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