万華鏡

  • 超短編 2,342文字
  • 日常

  • 著者: 秋水

  • 僕の知る空は、まるで万華鏡の様なんです。
    グルグルと模様を変えながら、僕ら人類を囲んでいます。
    まるで遊園地のような構図であるにも関わらず、僕という演者にはスポットライトが当たりません。
    此の遊園地における僕の存在意義は一体何でしょう。
    幸せ何てとうの昔に忘れてしまいました。
    幸せになりたい訳じゃありません。
    生きていいよ、とただそう言われたいんです。
    ・・・僕の話を聞いてくれるかい。

    僕は、ごく一般的な両親のもとに産まれた因幡渚です。
    優しい子に育ってほしいという両親の願いに応えようと、僕は僕なりの正義を信じて生きてきました。
    「自分の厭がることを相手にしてはいけない」と教わっていた僕は、自分が嫌と思う行動をノートにまとめていました。
    では自分が嫌がらない行動なら相手にしていいのかという話だが、そうではなく常識の範囲内であるという事が重要らしい。
    じゃあ常識は何だろうってお母さんに質問をしてみたけれど、明確に教えてもらうことは出来ませんでした。
    どうやら「此れから少しずつ分かってくるらしい」との事だったので、僕は悲観せず周りの幸福を願いました。
    「他人の役に立ちなさい」と教わっていたので、誰か困っている人を見つけたらその都度問題が解決するまで一緒に悩みました。
    「ありがとう」と嬉しそうな表情で喜ばれると、本当にうれしく思います。
    僕はただ、それをやりたくてやってるだけなのですから。
    また、「他人の気持ちが分かる、思いやりのある人になりなさい」と教わったから僕は出来る限り共感しようと、色んな書物を読んだりして
    極力視野を広めました。
    小学6年生くらいの頃だったろうか。僕は突然虐めに逢いました。
    クラスメイトの全てが僕を無視するというものでした。
    原因は、嫉妬です。
    好きな人の好きな人が僕だったらしい。
    僕はポジションに付かないから、軽い奴だと思われていました。
    どうして皆が無視をするのか、当時の僕には理解が出来ませんでした。
    次第に僕の何が嫌いなんだ、僕の何が悪いんだ、僕がいる事で結局他人は恨み怒るではないか、と自分を責め続けました。
    「僕はいなくならなければならない存在なんだ」と結論づくのにそう長い時間はかかりませんでした。
    「死ななきゃ。」そう思いました。
    でも、死ねませんでした。怖くて死ねなかったんです。
    思考と行動がチグハグになり、やがて空は玩具になりました。

    中学生にあがり、イジメが無くなると僕はグレるようになります。
    目先にスリルが無いと生きてる心地がしなかったからです。
    他人を使って他人を虐めました。
    裏から支配するのは、両親の前ではいい子のままでいたかったからです。
    失望されたくないという思いから、虐められていた頃も一度として学校のことは話しませんでした。
    都合のいい正義を語りながら、暴走を正統化する悪魔のような中学生時代でした。

    高校にあがるころには丸くなっていました。
    一言で言えば強さに飽きていたんです。群れを拒むようになりました。
    独りで玩具(空)を眺めている方がよっぽど面白かったんです。
    此の頃からかいつからか、僕は現実を見失うことが多くなりました。
    忘れものに、難聴、視力の低下に、不潔な生活。

    両親と顔を合わせれば、何かにつけて怒鳴ってくる様になりました。
    出来の悪い自分でごめんなさい、と罪悪感は覚えるのですが中々現実に向き合う事は出来ませんでした。
    救いなんてありませんでしたし、求めてすらいませんでした。
    自分が悪いって、そう思ってます。
    送信先が自分に固定されている同じ内容のメッセージが一日に何度も送られる様になりました。
    「お前は誰だ。」
    送信主は僕自身です。何度も自分が誰なのか必死に問いました。
    何故かって。こんな自分を自分だと認めたくないからです。
    僕は間もなく精神科に入院することになりました。

     僕の話はこれで終わりです。今は児童相談所の職員として働いています。
    いいですか、私から言えることは一つです。
     君は生きてて良いんです。両親の願いに真っ向から報いようと思わなくていいんです。
    心掛ける位で充分なんです。偶に振り返るくらいで適当にやっていいんです。
    皆が皆生きてるから、時にはぶつかるでしょうし一方的に殴られることだってあるかもしれません。
    ですが、我々人類の命は平等です。貴方が他人より正しいこともなければ、他人があなたより正しいこともありません。
    神を殺さなければ、貴方の空は玩具のままです。
    私は神より啓示を授かってしまっているので、もう手遅れな身です。
    私の空は玩具のまま、今日も光を求めて生きています。

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    そう言って照れ笑う渚を見ていると胸が苦しくなる。
    渚が死ぬ一週間前にYouTubeにあげていた動画だ。
    渚における神は私つまりは渚の母親である因幡 美海のことだ。
    何十回も見直した渚の動画を今日も見るのは、戒めの為だ。
    此の胸の苦しさの何倍もの痛みを渚は抱えてきたんだろう。
    渚はどんな時も私たちの前で弱いところを見せなかった。
    和ませる事に長けていて、渚と話していると心につっかえていたものがスッと取れる感覚があったのを今でも覚えている。
    渚につっかえていたものは誰にも気付いて貰えなかったんだね。
    不出来な母親で本当にごめんなさい。
    認識する度、渚が愛おしくなり悲しくなる。
    私は今日も泣いている。

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    子育てを軽視していた私たちの過ちは、とても重く。
    結果として私たちの”教え”は渚を殺す、毒でしかなかった事に気が付いた。

    格好つけて育てるから、こんなことになるんだね。
    私の空はいつから玩具だったんだろう。














    【投稿者: 秋水】

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    コメント一覧 

    1. 1.

      なかまくら

      きっとちょっとずるかったり、不真面目なほうがいいんでしょうね。
      本来そういう風にできているはずなのに、そういう風にならなかった渚くんにどういう言葉をかけてあげればいいのか・・・。
      お母さんだって、自然にできたことのはず。けれども、そのことに気づいて、そんな風じゃなくていいんだよって、生き方を教えてくれる誰かがいたらよかったのに、と思いますね。