声の処方箋 ~前編~

  • 超短編 2,280文字
  • シリーズ

  • 著者: 3: 寄り道
  •  池中誠一(14)は、人を笑わせることが大好きで、クラスのムードメーカーであった。
     成績は、クラスの中では中の下で、先生からは口酸っぱく「そんなことをしている暇があったら、勉強しろ」と言われ続けてきた。
     誠一が3年生に進級してすぐ、1人の女の子が転校してくる。
     朝の会が始まり、賑やかだったクラスが、先生が教室に入って来るなり静かになる。
     先生が「今日から新しいお友達が加わります」と話した瞬間、また皆が騒ぎ出す。
     先生が皆を黙らすと、黒板に『宮﨑めぐみ』と転校生の名前を書き、思いつめた表情で話し出す。
     内容は、この宮﨑めぐみ(14)は『失声症』という病を患っており、声が出せなく、従って首を縦か横に振って答えられる質問は可能らしいが、もしそれ以外の質問なら筆談になると話したあと、廊下で待機していた宮﨑めぐみをクラスに呼び込んだ。
     宮﨑めぐみは教壇に上がると皆に一礼し、向かって右の後ろの窓側の席に座った。
     転校生の紹介もあったからか、朝の会が終わると、すぐに授業開始のベルが鳴った。
     休み時間。皆が宮﨑めぐみを気にするも、声が出ない人とどのように接していいか分からずに、躊躇していた。
     するとクラスのムードメーカーである誠一が、宮﨑めぐみに「どこから来たの?」と筆談の質問をする。
     宮﨑めぐみはずっと下を向いたまま、次の授業で使うノートの端に「大阪」と書いた。
     最後に誠一は手を差し出し「これから宜しくね」と屈託のない笑顔で握手を求める。
     宮﨑めぐみは、急に手が目の前に伸びてきて、顔を見上げる。
     誠一の表情を見て、無表情のまま手を握る。
     学校が終わり、友達と遊ぶ約束をし、急いで帰宅する。
     誠一の家は5階建てマンションの302号室。帰宅するなり、自室にランドセルを放り、家を出て行こうとする。すると、テレビを観ていた母が「誠一!」と呼び止め「今日の昼に、隣に引っ越しって来た人が挨拶しに来たから、会ったらちゃんと挨拶しなさいよ」と靴紐を結び直している誠一に話しかけた。
     誠一は、母の話に空返事し、家を出て遊びに行ってしまった。
     翌朝、エレベーターを待っていると、後ろから、女性の声が聞こえ振り向く。隣に越して来た人だった。
    「早くしなさい」とその女性がいうと、中から昨日転校してきた、宮﨑めぐみが出てきた。
     驚く誠一。それと同時に、エレベーターが開く。
     2人が向かっていることに気付き、開くボタンを長押しする。
     母親が謝辞をいう。
     誠一は、宮﨑めぐみに「おはよう」と自前の笑顔で挨拶する。
     母親は「ごめんね。この子、話せないのよ」と詫びると、誠一は宮﨑めぐみと同じクラスであることを、母親に伝えた。
     宮﨑めぐみは、お辞儀する。
     昨日よりかは、学校での授業が普通に始まり、2年生で習ったことを復習しつつ、本格的な3年生の授業が始まった。
     休み時間は、女子が宮﨑めぐみに話しかけコミュニケーションを図る。
     そして学校が終わる。
     家に帰り、夕ご飯を食べながら、父と母に隣のことを話す。
    「昨日越してきた人、同じクラスだったんだけど」と話すと、母は少し驚きながらも「あらそう。ちゃんと仲良くしなさいよ」と味噌汁を啜る。
    「でもね、失声症という声が出せない病気らしく、休み時間とかみんなで話しかけるんだけど、なんか元気がない、というか」
    「そうなんだ。昔になんかあったのかな。やっぱり、誠一もコミュニケーション取りたいのか?」父が誠一に問う。
    「そりゃあ、折角、同じクラスになったんだし、仲良くしたいよ」
    「青春だねえ」しみじみとそう呟きながら、缶ビールを飲み干す。
    「まだ転校して来て2日目なんだし。緊張しているんじゃないの? 徐々にクラスに馴染めると思うわよ」母が食べ終えた食器を流しに持って行く。
    「そうだと、いいんだけど」ご飯を食べながら、独り言のように「何かいい方法ないかなあ」と呟くと、母が「あ!そうだ。交換日記、してみたら?」と提案して来た。
    「交換日記? 何それ?」
    「え!知らない? お母さんの時代には物凄く流行ったんだけど」
    「だから何?」
    「その日のあった出来事とかをノートに書いて、渡すの。そして、相手も書いて、返してもらう。それを何度も繰り返すの」
    「メールみたいなもの?」
    「そうだね。まだ携帯なんて買ってもいらえなかったから、そうやって、交友関係を育んでいたの」
     誠一の周りの友達の数人はスマホを持っていたが、誠一自身スマホは高校に上がってからと父に言われていた。そのため、母が提案してくれた交換日記案を受け入れたが、日記なんて小学校の夏休みの宿題でしかやったことがなく、上手くできるか不安だった。
     ご飯を食べ終え、食器をキッチンの流しに置くと、すぐに自室から何も書いていないノートを探し、そこにクラス全員の名前を席順に書き特徴を知っている限り書いた。
     宮﨑めぐみが転校してきて5日目の朝。初めて、エレベーターの中で宮﨑めぐみと2人きりになった。ランドセルの中には、まだ渡せないでいた交換日記がある。
     エレベーター内は静かなまま、1階に着く。
     先に宮﨑めぐみが出ようとしたとき「ちょっと待って」と声をかける。
     ランドセルから、交換日記を取り出し「もし良かったら、参考にして」と渡す。
     宮﨑めぐみは、ノートを開いて読み始める。
     読み終えると、ランドセルからペンを取り出し、ノートの余白に「ありがとう」と書き誠一に見せ、誠一は笑うと、そっとノートをランドセルにしまい、歩いて行った。
     折角、笑顔を見られると思ったのに、ずっと無表情のままであったため誠一は少し落ち込んだが、これをきっかけにある1つの目標ができる。
    『卒業するまで、絶対に笑顔を見る』

    【投稿者: 3: 寄り道】

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