Let it be

  • 超短編 1,615文字
  • 日常

  • 著者: 秋水
  • 雨上がり、駐輪場であの日貴方は言いました。
    『君が君である事を誰かに理解してもらう必要はないんだよ』って。
    人の顔色ばかりを窺って、皆と同じようにみんなのしていることをして安らぎを得ていた私にとって、其の言葉は深く突き刺さるものがありました。
    刺さり方も優しくて、まるでヒーローが魔女であった私の心を貫いてくれるようなそんな情景さえ思い浮かぶほどでした。

    それ迄の私は、皆と同じでありたいと願っていながら、どこかで皆と違っていたいと特異性を希求しているそんな少女でした。
    産まれながらに恵まれた家庭で育ち、そんな背景もあって虐められる日々が続いておりまして、私自身の存在を否定されることが続いていたんです。
    私は我武者羅になって、皆とは違うんだと叫ぶようにマイクを握るようになりました。
    ロックを叫びました。今自分の歌っている歌詞を良く知りもしないで、知ったふりをして社会を批判していました。
    インターネット上に私を称賛してくれる人々がチラホラと現れました。
    ですが、表面だけの私を見て本当の私を見つけてくれているのか、不安にもなりました。
    ただ、叫ぶ機械となっていた私です。
    こんな世界が嫌だ。こんな社会が嫌だ。産まれてこなければよかった。
    そんな取り留めもない事ばかりを叫びました。
    信じた愛に眼を背け、裏切ることのない憎しみばかりを追いかけました。
    私の号哭は、いつしか誰の耳にも届かなくなりました。
    直接否定されたかった、真っ向から「死ね。」って言われたかった。
    そんな反応でいいから、反応を返してほしかった。
    抜け殻となった私は、"皆"、"普通"という記号に救いを求めました。
    「普通になろう」そう思った私は、皆の動向をSNSなどから情報を探りました。
    また、逆らうことをやめて空気を読むようになりました。
    つまらない日々だったけれど、叫んでいた日々が面白かったかはわかりません。
    きっと、色々な意味でとても痛かった日々なのかもしれません。

    そうして、マイクを棄てた私に貴方は突然現れました。
    「私ちゃん、こんにちは。」
    やっと雨が止んだと、自転車を用意しようとしていた時です。
    稲妻に打たれる感覚が走りました。私ちゃんとは、インターネットで活動していた頃の私の名前です。
    とても隠したい、隠したい、誰にも知られてはいけない過去のお話です。
    私は、声の主を確認することなく慌てて逃げようとしました。
    「大丈夫だよ。大丈夫。」
    柔和な声でした。触れたことのないような柔和な声ですが、何度も繰り返し聞いたことのある声。
    振り返ると、其処には同じクラスの樋口君が立っておりました。
    樋口君は周りから常に浮いていて、不思議な雰囲気を常に醸し出しているそんな人です。
    そのころの私にとっては、できれば直視したくない人です。
    ですが、柔和な声色と凛とした綺麗な顔つきに私は何故か立ち止まりました。
    「ど、どうして知っているの。」
    樋口君は、答えます。
    「変態チックに聞こえるかもしれないけど、『私ちゃん』の動画見ていたからね。」
    私は赤面して、両手で顔を塞いで答えます。
    「もう、それ忘れてくれるかなああああ」
    出来る限り平常を装って答えました。
    樋口君は、答えます。
    「誰かに理解されなきゃ、君は君でいられないの?」
    答えになっているのかと、私は疑問に思います。私を攻撃しているのかと私は身構えます。
    「どういう意味?」
    「君が君である事を誰かに理解してもらう必要はないんだよ。」
    時間が静止したように私は固まりました。
    そう、この瞬間これ迄の私を彼は言葉の槍によって貫いたんです。
    いや、貫いてくれたのです。
    私は暫くぼうっとすると、急いで家へと帰りました。
    樋口君は、そんな私を追う訳でもなく空を見上げていました。
    その表情が今にも崩れ落ちそうで何とも儚くあったことを私は今になっても忘れられません。

    彼が私を愛してくれていたことを知ったのは、其れから2年後のお話であり、今は私と幸せに暮らしています。
    見つけてくれてありがとう。

    【投稿者: 秋水】

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